貸付金とは、他の法人や個人に金銭を融資することです。
この貸付金は当然のことながら、貸付金勘定で処理します。
しかしながら、時々、貸付金勘定以外の科目で会計処理されている時もあります。これは意図的に貸付金勘定以外の科目で処理して隠蔽しようとするケースもあれば、隠蔽しようとする意図はまったくなく、監査人の判断で事実上の貸付金であると判断されるケースもあります。
今回は、貸付金勘定以外で処理されている実質的な貸付金について記載します。
1.立替金で処理されているケース
貸付金勘定以外の科目で処理されやすい科目としては、まず立替金があります。
立替金でよく見られるのは、例えば、社長などの役員等が負担すべき費用を会社が一時的に支払うケースです。その後、役員が会社に相当のお金を支払えば、本来の勘定に振り替えます。
頻度が僅かであり、金額も少額で、立替期間が短く、最終的に費用になれば会計上は無茶苦茶大きな問題はないのですが(ただし、その立替行為が妥当なのかどうかという内部統制上の問題は検討する必要があります。また、役員等であれば会社が関連当事者取引として認識しているかどうかも確かめる必要があります。)、この立替金が長期間、精算されず立替金のままで残っている場合は、役員等に対する実質的な貸付金と判断すべきです。
もちろん、これが対会社であっても同様です。
この立替金は貸付金に科目を振り替えていただき、さらに債権の区分(一般債権、貸倒懸念債権、破産更生債権等)により、妥当な貸倒引当金を設定する必要があります。
2.仮払金で処理されているケース
仮払金のケースは注意が必要です。この場合は、意図的に行っている可能性が高いといえます。
そもそも、内容が不明であったり、未定であったりする取引を行うこと自体に問題があります。仮払金で処理しても妥当な取引は、例えば、受取利息の源泉所得税、旅費交通費の仮払、消費税等の中間納付ぐらいでしょうか。
そのため、仮払金が期末に残ると問題があるという認識は多くの会社等で認識されており、期末に多額の仮払金が計上されるケースは少ないといえます。従って、仮払金は期末残高の前期比較ではなく、期中の動きを見る必要があります。
具体的には、総勘定元帳の閲覧により期中の仮払金の出入りを見ます。このとき、多額の仮払金が出たり入っていたりするような場合は異常な取引である可能性があります。
考えられるケースとしては、例えば、社内の融資基準に満たないような相手先に、ある部門が会社には隠して他社に融資している、社内の人間が自分の口座に入れて着服している、といったケースが想定されます。
もちろん、支出したままでは残高が残ってしまいますから、期末が近づいたら一時的に返金してもらうわけです。
このようなケースも実質的な貸付金ですが、一時的とはいえ返金はされているので、期末残高としては残りません。
このような場合の対処法としては、こういった取引をやめていただくことです。
なお、仮払金の期中の動きをみるという手続は、監査人の側だけではなく、会社等の内部統制の一環としても有効です。
3.土地や商品で処理されているケース
最後に、特殊なケースをあげてみます。タイトルに土地、商品をあげましたがあくまでも一例です。
マスコミ報道で見た事例をあげてみます。仮にA社とします。このA社は保有する土地を担保に金融機関から融資を受けていましたが、返済が滞ったため土地を競売にかけられたそうです。この土地は、とある不動産会社が落札したのですが、その不動産会社の役員は、このA社の創業家が別に経営する会社の役員だったそうです。なお、この不動産会社は競売の2日前に設立されたということです。
そして、競売後、このA社は落札価額の3倍以上の額で土地を買い戻したそうです。さらに、この土地の売買後、不動産会社は創業家に1億円を貸し付けたということです。
記事だけなのでなんとも言えないのですが、これだけから見ると、このA社のお金が不動産会社(おそらく実質的にペーパーカンパニーではないかと推測されます)をスルーして、創業家にまわったといえそうです。
この場合の会計処理ですが、A社側の仕訳は
(借方)土地 ・・・ (貸方)現金預金 ・・・
で通常は完結することになります。
しかし、私見ですが、この土地の価額は落札価額の3倍以上であり、しかも、その差額分が最終的に創業家に渡ったのであれば、おそらく、当初から創業者に渡す目的で行われたと推測されますので、差額分は創業家に対する実質的な貸付金と見ることもできます。すなわち、土地の金額の一部は貸付金に振り替えるということです。
このような相場よりも異常な価額で取引されるケースは関連当事者取引で時々見られます。商品などについても、市場より随分と高い価格で取引されたケースを監査で見たことがあります。
関連当事者取引については、一定の金額以上の取引については注記で開示する必要があり、これにより、異常な取引を行うことを牽制していますが、それでも異常な取引は行われることがあります。
通常の相場よりもかけ離れた価額で取引された場合、少なくとも取引内容や取引理由をチェックし、その差額分がどこに流れていったのかを確かめる必要があります。
全てのケースでその差額が実質的な貸付金であるとは言い切れませんが、検討をする必要はあるといえるでしょう。
2017年7月30日日曜日
2017年7月23日日曜日
月次決算と費用のカットオフエラー
拙著「「社会福祉充実計画」の作成ガイド」(中央経済社)の第7節では、月次決算について記載しました。
社会福祉法人においては、社会福祉充実残額の有無を決算見込みの段階で把握しておくことが有用となるため、その手段として月次決算の実施が前提となります。
この月次決算は発生主義会計によって行う必要がありますが、今回は、拙著第7節の補完として、発生費用のカットオフエラーの防止について記載します。
なお、今回のテーマは社会福祉法人だけではなく、株式会社、公益法人などと共通のテーマです。
1.発生費用のカットオフエラーとは
「カットオフエラー」という用語ですが、これは発生収益や発生費用が本来計上されるべき会計期間に計上されないことをいいます。
現在の会計は発生主義によって会計処理が行われます。発生主義とは、収益や費用の発生事実が生じたときに収益や費用を認識するというものです。従って、必ずしも現金預金の収入や支出があったときに収益や費用を計上するとは限りません。
例えば、7月中旬に業者にエアコンの修理を行ってもらったとします。そして、エアコン業者からは7月の修理代として8月3日に請求書が来て、10日に支払ったとします。
この場合、7月にエアコン修繕が行われたのですから、この修繕費は7月の費用となります。8月10日の支払時に費用として認識してしまうと、本来認識すべき月がズレてしまいます。このように、収益や費用の認識期間を誤ってしまうことをカットオフエラーといいます。
なお、仕訳は
(借方)修繕費 ・・・ (貸方)未払金 ・・・
とします。
2.カットオフエラーが生じる原因と防止策
(1)請求書が届いてから費用認識をしている
取引先から請求書が届いた時点で、該当月に係る費用計上を行うことは、経理の手段としては必ずしも誤っているとはいえませんが、この場合、取引先から請求書が届くのが遅いと、発生費用の未計上となるリスクがあります。
例えば、月次決算を10営業日で締めているとします。5月の月次決算を例にとると、6月の10営業日を過ぎた6月15日頃に5月分の請求書が届いたとします。
この場合、請求書が届いてから費用認識をする方式だと、月次決算が締まった後に費用計上することになってしまう可能性が高くなります。すなわち、6月に5月の費用を計上することになってしまい、本来、計上すべき5月に費用が計上されなくなってしまいます。
そのため、請求書に基づいて費用認識を行う方式だと、カットオフエラーが生じるリスクがあります。
このような、カットオフエラーを防止するためには「支払予定表」を作成することが有用です。
支払予定表を作成しておけば、その月に認識すべき費用を網羅的に把握することができます。また、資金繰り管理にも役立ちます。
従って、月末にはこの支払予定表にもとづいて、未払金の計上を行うとカットオフエラーのリスクは少なくなります。
なお、取引内容によっては、請求書が届くまで金額が把握できない場合もあります。その場合は、取引先に協力していただき、事前にメールやFAX等で金額を知らせていただくという方法も考えられます。
余談ですが、経験上、法律事務所や会計事務所は請求書の発送が遅いときが結構多いです。このような事務所は総務が請求書発行を管理しておらず、各クライアント担当者が請求書発行などを行っているからだと推測されます。担当者は自分の通常業務で忙しいので請求書発行を忘れてしまうわけです。そのため、本来発送すべき時期に発送することを忘れてしまい、請求書が届くのが遅くなるものと推測されます。
(2)請求書が他部署に届いたままとなっている
支払予定表に基づけば、ある程度カットオフエラーは防止できるのですが、それでも、単発の取引については漏れが出てくるときもあります。稟議書で把握すればある程度の網羅性も確保できるのですが、必ずしも絶対に大丈夫とは限りません。
このような単発の取引に係る請求書が経理部に届けばよいのですが、営業部などの他部署に届き、しかも経理部に回されずにそのままとなっているケースが見られます。そして、決算が締まった後に、経理部にその請求書を持ってこられると決算数値が変わってしまい、厄介なことになります。
このようなケースを防止するためには、決算前に経理部から他部署に対して、他部署に届いた請求書は漏れなく、経理部に持ってくるように呼びかけておくことが有用です。すなわち、全社体制で決算に協力することを依頼するわけです。
そのためには、経理部は普段から他部署とのコミュニケーションが欠かせません。
この経理部の他部署とのコミュニケーションですが、カットオフエラーの防止だけではなく、後発事象や偶発債務などの把握においても重要となってきます。この点については、別の機会に記載したいと思います。
社会福祉法人においては、社会福祉充実残額の有無を決算見込みの段階で把握しておくことが有用となるため、その手段として月次決算の実施が前提となります。
この月次決算は発生主義会計によって行う必要がありますが、今回は、拙著第7節の補完として、発生費用のカットオフエラーの防止について記載します。
なお、今回のテーマは社会福祉法人だけではなく、株式会社、公益法人などと共通のテーマです。
1.発生費用のカットオフエラーとは
「カットオフエラー」という用語ですが、これは発生収益や発生費用が本来計上されるべき会計期間に計上されないことをいいます。
現在の会計は発生主義によって会計処理が行われます。発生主義とは、収益や費用の発生事実が生じたときに収益や費用を認識するというものです。従って、必ずしも現金預金の収入や支出があったときに収益や費用を計上するとは限りません。
例えば、7月中旬に業者にエアコンの修理を行ってもらったとします。そして、エアコン業者からは7月の修理代として8月3日に請求書が来て、10日に支払ったとします。
この場合、7月にエアコン修繕が行われたのですから、この修繕費は7月の費用となります。8月10日の支払時に費用として認識してしまうと、本来認識すべき月がズレてしまいます。このように、収益や費用の認識期間を誤ってしまうことをカットオフエラーといいます。
なお、仕訳は
(借方)修繕費 ・・・ (貸方)未払金 ・・・
とします。
2.カットオフエラーが生じる原因と防止策
(1)請求書が届いてから費用認識をしている
取引先から請求書が届いた時点で、該当月に係る費用計上を行うことは、経理の手段としては必ずしも誤っているとはいえませんが、この場合、取引先から請求書が届くのが遅いと、発生費用の未計上となるリスクがあります。
例えば、月次決算を10営業日で締めているとします。5月の月次決算を例にとると、6月の10営業日を過ぎた6月15日頃に5月分の請求書が届いたとします。
この場合、請求書が届いてから費用認識をする方式だと、月次決算が締まった後に費用計上することになってしまう可能性が高くなります。すなわち、6月に5月の費用を計上することになってしまい、本来、計上すべき5月に費用が計上されなくなってしまいます。
そのため、請求書に基づいて費用認識を行う方式だと、カットオフエラーが生じるリスクがあります。
このような、カットオフエラーを防止するためには「支払予定表」を作成することが有用です。
支払予定表を作成しておけば、その月に認識すべき費用を網羅的に把握することができます。また、資金繰り管理にも役立ちます。
従って、月末にはこの支払予定表にもとづいて、未払金の計上を行うとカットオフエラーのリスクは少なくなります。
なお、取引内容によっては、請求書が届くまで金額が把握できない場合もあります。その場合は、取引先に協力していただき、事前にメールやFAX等で金額を知らせていただくという方法も考えられます。
余談ですが、経験上、法律事務所や会計事務所は請求書の発送が遅いときが結構多いです。このような事務所は総務が請求書発行を管理しておらず、各クライアント担当者が請求書発行などを行っているからだと推測されます。担当者は自分の通常業務で忙しいので請求書発行を忘れてしまうわけです。そのため、本来発送すべき時期に発送することを忘れてしまい、請求書が届くのが遅くなるものと推測されます。
(2)請求書が他部署に届いたままとなっている
支払予定表に基づけば、ある程度カットオフエラーは防止できるのですが、それでも、単発の取引については漏れが出てくるときもあります。稟議書で把握すればある程度の網羅性も確保できるのですが、必ずしも絶対に大丈夫とは限りません。
このような単発の取引に係る請求書が経理部に届けばよいのですが、営業部などの他部署に届き、しかも経理部に回されずにそのままとなっているケースが見られます。そして、決算が締まった後に、経理部にその請求書を持ってこられると決算数値が変わってしまい、厄介なことになります。
このようなケースを防止するためには、決算前に経理部から他部署に対して、他部署に届いた請求書は漏れなく、経理部に持ってくるように呼びかけておくことが有用です。すなわち、全社体制で決算に協力することを依頼するわけです。
そのためには、経理部は普段から他部署とのコミュニケーションが欠かせません。
この経理部の他部署とのコミュニケーションですが、カットオフエラーの防止だけではなく、後発事象や偶発債務などの把握においても重要となってきます。この点については、別の機会に記載したいと思います。
2017年7月15日土曜日
意見不表明の2つの意味
東芝の平成28年度第3四半期の四半期レビューにおいて結論の不表明がなされたことが大きな話題となりました。なお、マスコミなどでは「意見不表明」と記載されているところが多いですが、四半期レビューなので、正確には「結論の不表明」となります。「意見不表明」は期末監査において使用する用語です。
今回は、この「意見不表明」について記載します。なお、あくまで私見であることにご留意ください。
1.意見不表明は「意見」なのか
結論から言うと、意見不表明は「意見」の一つです。
かつては、意見不表明(昔は「意見差控」と呼んでいました)が意見なのか、それとも意見ではないのか、という論争が学会を中心に起こっていました。しかし、平成23年(2011年)12月に公表された監査基準委員会報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」の第2項で「本報告書における除外事項付意見には、限定意見、否定的意見、及び意見不表明の三つの類型がある。」とされ、制度においては意見不表明も意見の一つであることが明確になりました。
余談ですが、私は次のような経験があります。監査の現場で、あるスタッフが「このままでは意見不表明となる可能性がある」と言ったところ、クライアント側が「そんな・・・ 我々は監査契約を結んで、監査報酬も払っているのです。それなのに、意見を出さないなんて契約違反なのではないですか!?」と強硬に反論してきました。当時は監査基準委員会報告書が出ていない時代でしたが、確かに、監査契約を締結した側からすると、違和感があるかもしれません。今回の東芝の件でも、このような論調の記事がありました。
しかし、冒頭に述べたように意見不表明も意見の一つです。意見不表明としたからといって、監査人が責任や義務を放棄したのではありません。そうではなく、監査人は責任や義務を果たしたといえます。
2.本来の意見不表明
まず、前述のように意見不表明が意見であることを明確にした上で、次に、本来の意見不表明の意義を述べます。
本来、一般的に、意見不表明とは、「重要な監査手続を実施できなかったことにより、財務諸表全体に対する意見表明のための基礎を得ることができなかったとき」(監査基準第四 五 2)に行うものです。具体例としては、(イ)天災により本社が被災し会計帳簿などが消失した、(ロ)監査契約締結時期が遅く、実査、立会など重要な監査手続が実施できなかった、(ハ)特捜部や裁判所などに会計帳簿等を押収されてしまい、監査手続を実施できなかった、(ニ)被監査会社側が監査手続の実施に制約を課してきた、などのケースがあります。
公認会計士試験の受験生の方も、意見不表明というとこの内容で学習されていると思います。
ちなみに、監査基準委員会報告書705第8項では「監査人は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、かつ、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響が、重要かつ広範であると判断する場合には、意見を表明してはならない。」という書き方をしていますが、内容は同じです。
なお、監査基準では、①構成単位の監査人(監査基準では「他の監査人」)が実施した監査の重要な事項について、その監査の結果を利用できないと判断したときに、更に当該事項について、重要な監査手続を追加して実施できなかった場合や、②将来の帰結が予測し得ない事象又は状況について、財務諸表に与える当該事象又は状況の影響が複合的かつ多岐にわたる場合(いわゆる「未確定事項」)について、意見不表明の可能性について判断しなければいけない旨が記載されています。
まとめると、意見不表明とは重要な監査手続を実施できず十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったことが、いわば前提要件であるといえます。
3.実務上の意見不表明
しかし、実務で出てくる意見不表明は、このような本来の意見不表明とは異なっているものが見られます。典型例は、会計処理について監査人側とクライアント側が対立して、クライアントが監査人の指導に従わないケースです。
このような意見不表明のケースでは、実際には監査手続は行っています。また、監査手続を行った結果、監査証拠も入手しています。監査チームは現場に行って、監査手続を行っています。
では、この場合の意見不表明とは何でしょうか。
私見ですが、これは事実上の不適正意見です。
監査意見には、無限定適正意見、限定付適正意見、不適正意見、意見不表明の4種類があります。
不適正意見とは「経営者が採用した会計方針の選択及びその適用方法、財務諸表の表示方法に関して不適切なものがあり、その影響が財務諸表全体として虚偽の表示に当たるとするほどに重要であると判断した場合」(監査基準第4 四 2)に表明するものです。
しかし、監査実務ではこの不適正意見が出てくることは滅多にありません。
その理由ははっきりしないのですが、長年の監査の実務慣行のようです。
監査実務においても、重要性の高い会計上の論点について、クライアント側が修正を拒むようなとき、審査担当を含んだ監査チームや社員会では「意見を出すかどうか」という判断基準で議論を進めていきます。
以下、簡単な例をあげて説明します。ここでは減損会計を例にあげます。
例えば、ある資産又は資産グループについて、どうみても減損の兆候があると判断されるのに、クライアントは減損の兆候を認識していないとします。減損の兆候を認識していませんから、当然、その次の段階である減損損失の認識の判定も行っていません。
そこで、この資産又は資産グループについて監査人側で計算してみると、減損損失の認識を行う必要があり、その結果、減損損失の測定も必要であることが妥当と判断したとします。この場合、監査人は、クライアントに対して減損損失を認識し測定することを指導します。
しかし、クライアント側はそれを拒否し、減損損失の認識及び測定を行わなかったとします。そうなると、クライアントは本来、認識すべき減損損失を計上していないことになります。
さらに、この認識すべき減損損失の額がかなり巨額であり、重要性の基準値を超えてしまっていたとします。ここで、重要性の基準値とは、簡単に言うと、財務諸表において重要であると判断する虚偽表示の金額のことです。そのため、この金額を超えるとその財務諸表には重要な虚偽表示があるということになります。
普通に考えると、この場合、本来認識すべき減損損失が計上されておらず、しかもその金額は多額であるため、重要な虚偽表示があると判断されるレベルなのですから、不適正意見を表明するということになりそうです。
しかし、監査実務では、例えば、「減損会計の適用の要否の判断において、十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかった。この結果、(中略)何らかの修正が必要かどうかについて判断することができなかった。」といった記載で意見不表明とされることが通常となっています。
監査人は減損に関する監査手続を行っているのに「十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかった」とは違和感がありますが、この場合は、クライアントから減損損失の兆候、認識及び測定に関する監査証拠が提示されなかったため、これらに関する十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったと解釈するものと考えられます。クライアントは、減損に関する会計処理を行っていないのですから、減損に関する会社作成資料はありません。そのため、監査人側としては、資料が提示されなかったので、監査手続のしようがない、という考えなのだと思います。
このあたりは、監査実務の慣行なので、理論的ではない部分があるのですが、前述したように、この場合の意見不表明は、事実上の不適正意見と考えてよいと思います。すなわち、監査人の判断では、事実上その財務諸表は全体として虚偽の表示ということです。
今回は、この「意見不表明」について記載します。なお、あくまで私見であることにご留意ください。
1.意見不表明は「意見」なのか
結論から言うと、意見不表明は「意見」の一つです。
かつては、意見不表明(昔は「意見差控」と呼んでいました)が意見なのか、それとも意見ではないのか、という論争が学会を中心に起こっていました。しかし、平成23年(2011年)12月に公表された監査基準委員会報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」の第2項で「本報告書における除外事項付意見には、限定意見、否定的意見、及び意見不表明の三つの類型がある。」とされ、制度においては意見不表明も意見の一つであることが明確になりました。
余談ですが、私は次のような経験があります。監査の現場で、あるスタッフが「このままでは意見不表明となる可能性がある」と言ったところ、クライアント側が「そんな・・・ 我々は監査契約を結んで、監査報酬も払っているのです。それなのに、意見を出さないなんて契約違反なのではないですか!?」と強硬に反論してきました。当時は監査基準委員会報告書が出ていない時代でしたが、確かに、監査契約を締結した側からすると、違和感があるかもしれません。今回の東芝の件でも、このような論調の記事がありました。
しかし、冒頭に述べたように意見不表明も意見の一つです。意見不表明としたからといって、監査人が責任や義務を放棄したのではありません。そうではなく、監査人は責任や義務を果たしたといえます。
2.本来の意見不表明
まず、前述のように意見不表明が意見であることを明確にした上で、次に、本来の意見不表明の意義を述べます。
本来、一般的に、意見不表明とは、「重要な監査手続を実施できなかったことにより、財務諸表全体に対する意見表明のための基礎を得ることができなかったとき」(監査基準第四 五 2)に行うものです。具体例としては、(イ)天災により本社が被災し会計帳簿などが消失した、(ロ)監査契約締結時期が遅く、実査、立会など重要な監査手続が実施できなかった、(ハ)特捜部や裁判所などに会計帳簿等を押収されてしまい、監査手続を実施できなかった、(ニ)被監査会社側が監査手続の実施に制約を課してきた、などのケースがあります。
公認会計士試験の受験生の方も、意見不表明というとこの内容で学習されていると思います。
ちなみに、監査基準委員会報告書705第8項では「監査人は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、かつ、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響が、重要かつ広範であると判断する場合には、意見を表明してはならない。」という書き方をしていますが、内容は同じです。
なお、監査基準では、①構成単位の監査人(監査基準では「他の監査人」)が実施した監査の重要な事項について、その監査の結果を利用できないと判断したときに、更に当該事項について、重要な監査手続を追加して実施できなかった場合や、②将来の帰結が予測し得ない事象又は状況について、財務諸表に与える当該事象又は状況の影響が複合的かつ多岐にわたる場合(いわゆる「未確定事項」)について、意見不表明の可能性について判断しなければいけない旨が記載されています。
まとめると、意見不表明とは重要な監査手続を実施できず十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったことが、いわば前提要件であるといえます。
3.実務上の意見不表明
しかし、実務で出てくる意見不表明は、このような本来の意見不表明とは異なっているものが見られます。典型例は、会計処理について監査人側とクライアント側が対立して、クライアントが監査人の指導に従わないケースです。
このような意見不表明のケースでは、実際には監査手続は行っています。また、監査手続を行った結果、監査証拠も入手しています。監査チームは現場に行って、監査手続を行っています。
では、この場合の意見不表明とは何でしょうか。
私見ですが、これは事実上の不適正意見です。
監査意見には、無限定適正意見、限定付適正意見、不適正意見、意見不表明の4種類があります。
不適正意見とは「経営者が採用した会計方針の選択及びその適用方法、財務諸表の表示方法に関して不適切なものがあり、その影響が財務諸表全体として虚偽の表示に当たるとするほどに重要であると判断した場合」(監査基準第4 四 2)に表明するものです。
しかし、監査実務ではこの不適正意見が出てくることは滅多にありません。
その理由ははっきりしないのですが、長年の監査の実務慣行のようです。
監査実務においても、重要性の高い会計上の論点について、クライアント側が修正を拒むようなとき、審査担当を含んだ監査チームや社員会では「意見を出すかどうか」という判断基準で議論を進めていきます。
以下、簡単な例をあげて説明します。ここでは減損会計を例にあげます。
例えば、ある資産又は資産グループについて、どうみても減損の兆候があると判断されるのに、クライアントは減損の兆候を認識していないとします。減損の兆候を認識していませんから、当然、その次の段階である減損損失の認識の判定も行っていません。
そこで、この資産又は資産グループについて監査人側で計算してみると、減損損失の認識を行う必要があり、その結果、減損損失の測定も必要であることが妥当と判断したとします。この場合、監査人は、クライアントに対して減損損失を認識し測定することを指導します。
しかし、クライアント側はそれを拒否し、減損損失の認識及び測定を行わなかったとします。そうなると、クライアントは本来、認識すべき減損損失を計上していないことになります。
さらに、この認識すべき減損損失の額がかなり巨額であり、重要性の基準値を超えてしまっていたとします。ここで、重要性の基準値とは、簡単に言うと、財務諸表において重要であると判断する虚偽表示の金額のことです。そのため、この金額を超えるとその財務諸表には重要な虚偽表示があるということになります。
普通に考えると、この場合、本来認識すべき減損損失が計上されておらず、しかもその金額は多額であるため、重要な虚偽表示があると判断されるレベルなのですから、不適正意見を表明するということになりそうです。
しかし、監査実務では、例えば、「減損会計の適用の要否の判断において、十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかった。この結果、(中略)何らかの修正が必要かどうかについて判断することができなかった。」といった記載で意見不表明とされることが通常となっています。
監査人は減損に関する監査手続を行っているのに「十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかった」とは違和感がありますが、この場合は、クライアントから減損損失の兆候、認識及び測定に関する監査証拠が提示されなかったため、これらに関する十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったと解釈するものと考えられます。クライアントは、減損に関する会計処理を行っていないのですから、減損に関する会社作成資料はありません。そのため、監査人側としては、資料が提示されなかったので、監査手続のしようがない、という考えなのだと思います。
このあたりは、監査実務の慣行なので、理論的ではない部分があるのですが、前述したように、この場合の意見不表明は、事実上の不適正意見と考えてよいと思います。すなわち、監査人の判断では、事実上その財務諸表は全体として虚偽の表示ということです。
2017年7月8日土曜日
決議の省略~実務上の留意点
社会福祉法の改正によって、社会福祉法人においても評議員会や理事会において決議の省略(いわゆる「みなし決議」)を行うことができるようになりました(社会福祉法(以下「法」)45条の9⑩、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法」)194条)、法45条の14⑨、一般法96条)。
決議の省略は、平成18年の会社法改正で株式会社に導入され、その後、公益法人にも導入されました。
この決議の省略ですが、法令上、提案内容に制限はありません。従って、決算の承認や役員の選任であっても提案できます。
ただし、建前と本音といいますか、実務上、決議の省略を行うには「不文律」のようなものがあります。
今回は、公益法人や社会福祉法人において、決議の省略を行っても差し支えがないケースについて記載します。
1.軽微な事項
上記のように、決議の省略の場合、提案内容に制限はないのですが、実務上は、全員が賛成できるような軽微な内容(例えば、定款の文言の一部修正など)が望ましいといわれています。
特に、社会福祉法人においては、一部の所轄庁でそのことを明確に指導しているようです。例えば、京都市では、5月に行われた社会福祉法人関係者向けの研修で、理事会の決議の省略について
「理事会における討議や理事からの説明を省略しても差し支えないような軽微な事項について行うことが適当です。」
と「社会福祉法人制度改革後の法人運営について」という資料の中で明記しています。
評議員会の決議の省略についても同様のことが記載されています。
公益法人においても、内閣府や都道府県の立入検査で指摘されたことはないのですが、公益財団法人公益法人協会の書籍の中では、全員が同意できるような提案内容が望ましい旨が記載されています。
従って、特に社会福祉法人は所轄庁の指導が強い傾向にあるので、決議の省略を行う場合は、提案内容は軽微な事項にするほうがよいでしょう。
2.代表理事や理事長が現職の知事、市長である場合
決議の省略を行っても差し支えがないケースとしては、個人的には、代表理事(公益法人の場合)や理事長(社会福祉法人の場合)に現職の知事や市長が就任しているケースがあげられると考えています。
現職の知事や市長がトップに就任している法人は、外郭団体的な公益法人や社会福祉法人で散見されますが、このような法人では、代表理事や理事長は公務が忙しいため、理事会を開催しても欠席という場合が多くなります。もちろん、理事の一人が欠席しても定足数を満たせば理事会は成立するのですが、理事会のトップが常に参加しない理事会というのは、理事会のあり方として望ましくないといえます。
なお、社会福祉法人では、社会福祉法改正により「書面出席」は認められなくなったので注意が必要です。理事会は本人が出席することが必要であり、持ち回り決議や書面決議は認められません。理事は法人とは委任の関係にあり、そのような理事が実際に集まって理事会において、十分な討論を行うことが必要だからです。
そこで、このような法人では、決議の省略による方法がむしろ有効であるといえます。決議の省略では、理事全員の同意が必要なので、代表理事や理事長も書面や電子メールなどではあるものの、内容に目を通し、同意の意思表示を行うので、参加はしたことになります。
実際、現職の知事等が代表理事に就任している公益法人では、理事会の多くを決議の省略で行っているというところもあります。
なお、代表理事・理事長、業務執行理事は、自己の職務の執行の状況を報告する必要があることから、全ての理事会を決議の省略による方法で行うことはできないので注意が必要です。
決議の省略は、平成18年の会社法改正で株式会社に導入され、その後、公益法人にも導入されました。
この決議の省略ですが、法令上、提案内容に制限はありません。従って、決算の承認や役員の選任であっても提案できます。
ただし、建前と本音といいますか、実務上、決議の省略を行うには「不文律」のようなものがあります。
今回は、公益法人や社会福祉法人において、決議の省略を行っても差し支えがないケースについて記載します。
1.軽微な事項
上記のように、決議の省略の場合、提案内容に制限はないのですが、実務上は、全員が賛成できるような軽微な内容(例えば、定款の文言の一部修正など)が望ましいといわれています。
特に、社会福祉法人においては、一部の所轄庁でそのことを明確に指導しているようです。例えば、京都市では、5月に行われた社会福祉法人関係者向けの研修で、理事会の決議の省略について
「理事会における討議や理事からの説明を省略しても差し支えないような軽微な事項について行うことが適当です。」
と「社会福祉法人制度改革後の法人運営について」という資料の中で明記しています。
評議員会の決議の省略についても同様のことが記載されています。
公益法人においても、内閣府や都道府県の立入検査で指摘されたことはないのですが、公益財団法人公益法人協会の書籍の中では、全員が同意できるような提案内容が望ましい旨が記載されています。
従って、特に社会福祉法人は所轄庁の指導が強い傾向にあるので、決議の省略を行う場合は、提案内容は軽微な事項にするほうがよいでしょう。
2.代表理事や理事長が現職の知事、市長である場合
決議の省略を行っても差し支えがないケースとしては、個人的には、代表理事(公益法人の場合)や理事長(社会福祉法人の場合)に現職の知事や市長が就任しているケースがあげられると考えています。
現職の知事や市長がトップに就任している法人は、外郭団体的な公益法人や社会福祉法人で散見されますが、このような法人では、代表理事や理事長は公務が忙しいため、理事会を開催しても欠席という場合が多くなります。もちろん、理事の一人が欠席しても定足数を満たせば理事会は成立するのですが、理事会のトップが常に参加しない理事会というのは、理事会のあり方として望ましくないといえます。
なお、社会福祉法人では、社会福祉法改正により「書面出席」は認められなくなったので注意が必要です。理事会は本人が出席することが必要であり、持ち回り決議や書面決議は認められません。理事は法人とは委任の関係にあり、そのような理事が実際に集まって理事会において、十分な討論を行うことが必要だからです。
そこで、このような法人では、決議の省略による方法がむしろ有効であるといえます。決議の省略では、理事全員の同意が必要なので、代表理事や理事長も書面や電子メールなどではあるものの、内容に目を通し、同意の意思表示を行うので、参加はしたことになります。
実際、現職の知事等が代表理事に就任している公益法人では、理事会の多くを決議の省略で行っているというところもあります。
なお、代表理事・理事長、業務執行理事は、自己の職務の執行の状況を報告する必要があることから、全ての理事会を決議の省略による方法で行うことはできないので注意が必要です。
2017年7月5日水曜日
満期保有目的の債券
私が担当した上場会社では、満期保有目的の債券を保有している会社はなかったと記憶しています。先輩に聞いても満期保有目的の債券には出会ったことがない、という人が多かったです。
もちろん、EDINETで検索すれば、満期保有目的の債券を保有している有価証券報告書提出会社はいくつもありますが、個人的には実務上あまり馴染みがないという印象です。
しかし、公益法人や社会福祉法人では満期保有目的の債券はよく見かけます。対象となる債券は、国債や地方債が多いです。
そこで、今回は、満期保有目的の債券について、金融商品会計基準(以下「基準」)及び金融商品会計に関する実務指針(以下「実務指針」)にそって、一般的な留意点を記載します。
公益法人会計、社会福祉法人会計においても、満期保有目的の債券の取扱は基本的にこのスタンスです。(注:公益法人会計基準等、社会福祉法人会計基準等にもそれぞれ規定がありますのでご確認ください。今回は一般論として記載します。)
1.会計処理
満期保有目的の債券は、取得原価をもって貸借対照表価額とします。
ただし、債券を債券金額より低い価額又は高い価額で取得した場合において、取得価額と債券金額との差額の性格が金利の調整と認められるときは、償却原価法に基づいて算定された価額をもって貸借対照表価額としなければならない、とされています(基準16)。
ここで、償却原価法とは、金融資産又は金融負債を債権額又は債務額と異なる金額で計上した場合において、当該差額に相当する金額を弁済期又は償還期に至るまで毎期一定の方法で取得価額に加減する方法をいいます(基準注5)。
この場合、当該加減額を受取利息又は支払利息に含めて処理します。
この償却原価法には利息法と定額法があります。原則として利息法によりますが、継続適用を条件として、簡便法である定額法を採用することができます(実務指針70)。
2.よく見られる誤り
公益法人、社会福祉法人においては、債券金額より低い価額で取得した満期保有目的債券について償却原価法を適用せず、取得時の金額のままとなっている法人がよく見られます。取得価額と債券金額との差額の性格が金利の調整と認められるときは償却原価法を適用しますので留意が必要です。
なお、利息法は難しいので、定額法を採用すればよいと思います。
3.設例と仕訳例
以下では、定額法について簡単な設例による仕訳例を示します。
【設例】
当社は3月決算の会社である。当社は✕1年4月1日に地方債を9,500で取得した。額面は10,000であり満期は✕6年3月31日である。クーポン利子率は2%とし、利払日は3月末日のみとする。取得価額と額面との差額は、全て金利の調整部分である。この地方債は満期まで保有する意図を持って保有するものである。
(1)取得時
(借方)投資有価証券 9,500 (貸方)現金預金 9,500
(2)決算日
(イ)クーポン分
(借方)現金預金 200 (貸方)有価証券利息 200
10,000✕2%✕12/12=200
(ロ)償却原価法
(借方)投資有価証券 100 (貸方)有価証券利息 100
(10,000-9,500)✕12月/60月=100
最後に、満期保有目的の債券については、(A)満期保有目的の債券とするための要件、(B)満期前に売却した場合、(C)時価評価としない理由、(D)減損を行った場合、(E)外貨建の場合、などの論点がありますが、別の機会に記載したいと思います。
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