2017年7月15日土曜日

意見不表明の2つの意味

 東芝の平成28年度第3四半期の四半期レビューにおいて結論の不表明がなされたことが大きな話題となりました。なお、マスコミなどでは「意見不表明」と記載されているところが多いですが、四半期レビューなので、正確には「結論の不表明」となります。「意見不表明」は期末監査において使用する用語です。
 今回は、この「意見不表明」について記載します。なお、あくまで私見であることにご留意ください。

1.意見不表明は「意見」なのか
 結論から言うと、意見不表明は「意見」の一つです。
 かつては、意見不表明(昔は「意見差控」と呼んでいました)が意見なのか、それとも意見ではないのか、という論争が学会を中心に起こっていました。しかし、平成23年(2011年)12月に公表された監査基準委員会報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」の第2項で「本報告書における除外事項付意見には、限定意見、否定的意見、及び意見不表明の三つの類型がある。」とされ、制度においては意見不表明も意見の一つであることが明確になりました。

 余談ですが、私は次のような経験があります。監査の現場で、あるスタッフが「このままでは意見不表明となる可能性がある」と言ったところ、クライアント側が「そんな・・・ 我々は監査契約を結んで、監査報酬も払っているのです。それなのに、意見を出さないなんて契約違反なのではないですか!?」と強硬に反論してきました。当時は監査基準委員会報告書が出ていない時代でしたが、確かに、監査契約を締結した側からすると、違和感があるかもしれません。今回の東芝の件でも、このような論調の記事がありました。

 しかし、冒頭に述べたように意見不表明も意見の一つです。意見不表明としたからといって、監査人が責任や義務を放棄したのではありません。そうではなく、監査人は責任や義務を果たしたといえます。

2.本来の意見不表明
 まず、前述のように意見不表明が意見であることを明確にした上で、次に、本来の意見不表明の意義を述べます。
 本来、一般的に、意見不表明とは、「重要な監査手続を実施できなかったことにより、財務諸表全体に対する意見表明のための基礎を得ることができなかったとき」(監査基準第四 五 2)に行うものです。具体例としては、(イ)天災により本社が被災し会計帳簿などが消失した、(ロ)監査契約締結時期が遅く、実査、立会など重要な監査手続が実施できなかった、(ハ)特捜部や裁判所などに会計帳簿等を押収されてしまい、監査手続を実施できなかった、(ニ)被監査会社側が監査手続の実施に制約を課してきた、などのケースがあります。
 公認会計士試験の受験生の方も、意見不表明というとこの内容で学習されていると思います。

 ちなみに、監査基準委員会報告書705第8項では「監査人は、意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できず、かつ、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響が、重要かつ広範であると判断する場合には、意見を表明してはならない。」という書き方をしていますが、内容は同じです。
 
 なお、監査基準では、①構成単位の監査人(監査基準では「他の監査人」)が実施した監査の重要な事項について、その監査の結果を利用できないと判断したときに、更に当該事項について、重要な監査手続を追加して実施できなかった場合や、②将来の帰結が予測し得ない事象又は状況について、財務諸表に与える当該事象又は状況の影響が複合的かつ多岐にわたる場合(いわゆる「未確定事項」)について、意見不表明の可能性について判断しなければいけない旨が記載されています。

 まとめると、意見不表明とは重要な監査手続を実施できず十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったことが、いわば前提要件であるといえます。

3.実務上の意見不表明
 しかし、実務で出てくる意見不表明は、このような本来の意見不表明とは異なっているものが見られます。典型例は、会計処理について監査人側とクライアント側が対立して、クライアントが監査人の指導に従わないケースです。

 このような意見不表明のケースでは、実際には監査手続は行っています。また、監査手続を行った結果、監査証拠も入手しています。監査チームは現場に行って、監査手続を行っています。
 では、この場合の意見不表明とは何でしょうか。
 私見ですが、これは事実上の不適正意見です。
 
 監査意見には、無限定適正意見、限定付適正意見、不適正意見、意見不表明の4種類があります。
 不適正意見とは「経営者が採用した会計方針の選択及びその適用方法、財務諸表の表示方法に関して不適切なものがあり、その影響が財務諸表全体として虚偽の表示に当たるとするほどに重要であると判断した場合」(監査基準第4 四 2)に表明するものです。

 しかし、監査実務ではこの不適正意見が出てくることは滅多にありません。 
 その理由ははっきりしないのですが、長年の監査の実務慣行のようです。
 監査実務においても、重要性の高い会計上の論点について、クライアント側が修正を拒むようなとき、審査担当を含んだ監査チームや社員会では「意見を出すかどうか」という判断基準で議論を進めていきます。

 以下、簡単な例をあげて説明します。ここでは減損会計を例にあげます。
 例えば、ある資産又は資産グループについて、どうみても減損の兆候があると判断されるのに、クライアントは減損の兆候を認識していないとします。減損の兆候を認識していませんから、当然、その次の段階である減損損失の認識の判定も行っていません。
 そこで、この資産又は資産グループについて監査人側で計算してみると、減損損失の認識を行う必要があり、その結果、減損損失の測定も必要であることが妥当と判断したとします。この場合、監査人は、クライアントに対して減損損失を認識し測定することを指導します。
 しかし、クライアント側はそれを拒否し、減損損失の認識及び測定を行わなかったとします。そうなると、クライアントは本来、認識すべき減損損失を計上していないことになります。

 さらに、この認識すべき減損損失の額がかなり巨額であり、重要性の基準値を超えてしまっていたとします。ここで、重要性の基準値とは、簡単に言うと、財務諸表において重要であると判断する虚偽表示の金額のことです。そのため、この金額を超えるとその財務諸表には重要な虚偽表示があるということになります。

 普通に考えると、この場合、本来認識すべき減損損失が計上されておらず、しかもその金額は多額であるため、重要な虚偽表示があると判断されるレベルなのですから、不適正意見を表明するということになりそうです。
 しかし、監査実務では、例えば、「減損会計の適用の要否の判断において、十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかった。この結果、(中略)何らかの修正が必要かどうかについて判断することができなかった。」といった記載で意見不表明とされることが通常となっています。

 監査人は減損に関する監査手続を行っているのに「十分かつ適切な監査証拠を入手することができなかった」とは違和感がありますが、この場合は、クライアントから減損損失の兆候、認識及び測定に関する監査証拠が提示されなかったため、これらに関する十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったと解釈するものと考えられます。クライアントは、減損に関する会計処理を行っていないのですから、減損に関する会社作成資料はありません。そのため、監査人側としては、資料が提示されなかったので、監査手続のしようがない、という考えなのだと思います。

 このあたりは、監査実務の慣行なので、理論的ではない部分があるのですが、前述したように、この場合の意見不表明は、事実上の不適正意見と考えてよいと思います。すなわち、監査人の判断では、事実上その財務諸表は全体として虚偽の表示ということです。

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