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2019年3月24日日曜日

平成を振り返って~iモードとブラックベリー

1.はじめに
 平成31年4月1日に新しい元号が発表され、5月1日からは新しい元号に変わります。
 新しい元号に変わるまでにあと約2ヶ月となりました。そのため、最近は「平成最後の・・・」というフレーズをよく耳にします。例えば、「平成最後の甲子園」、「平成最後の大相撲」といった具合です。
 平成が終わるといっても、時代が変わるような感覚が現時点では全くないのですが、一つの区切りということで、平成の時代を振り返ってみたいと思います。
 そこで、今回は平成の間に起こったイノベーションについて回想してみたいと思います。

2.iモードとブラックベリー
(1)初めてのアメリカ
 平成といっても、西暦でいうと1989年1月8日から2019年4月30日までなので約30年間あるのですが、イノベーションという点で私が強烈に印象に残っているのは、アメリカに初めて会計監査に行った平成19年12月から現時点までの約11年間です。
 初めて会計監査に行ったときは、同時にアメリカ合衆国にも初めて行ったときでもあるのですが、当時、日本とアメリカの携帯電話は現在とは全く違うものでした。

(2)iモード
 平成19年ごろは日本ではスマートフォンはまだ普及しておらず、今でいう「ガラケー」が主流でした。この「ガラケー」ですが、当時は「ケータイ」という呼び方をしていました。
 このケータイでは、通話ができることはもちろんですが、日本のケータイではメールやインターネットを使用することができました。今では当然のように思えますが、実は、これは画期的なことでした。
 これを牽引したのがNTTドコモのiモードでした。このiモードですが、コトバンクのブリタニカ国際大百科事典の解説によると、以下のように記載されています。

「エヌ・ティ・ティ・ドコモ (NTTドコモ) が 1999年2月から開始した携帯電話のインターネット接続サービス。携帯電話を使って情報サービス提供者が提供する各種サービスをオンラインで利用することができる。電子メールの送受信をはじめ,チケット予約やタウン情報など各種情報サービスのほか,銀行振り込みなどモバイル・バンキングの利用が可能である。(中略) 契約数の増加は著しく,2000年8月には 1000万を突破。 1999年4月以降,日本移動通信 IDOや第二電電 DDI系のセルラーなどほかの事業者も同様のサービスを開始した。」
 
 iモードによって、日本のケータイは飛躍的に便利になりました。
 そして、日本人のライフスタイルは大きく変わったといっても過言ではなかったと思います。
 ケータイでニュース、天気、交通案内も知ることができるようになり、場所を問わずリアルタイムで様々な情報を知ることができるようになりました。また、着信メロディ(着メロ)、デコレーションメール(デコメ)などが流行り、これを発信する会社も多数現れました。
 当時、日本のケータイは、他の先進国よりも進んでいたと思います。実際、iモードは他国の通信会社に技術を供与して「世界進出」を行おうとしていました。

(3)ブラックベリー
 一方、アメリカではどうだったかというと、日本のiモードのようなインターネット接続サービスは進んでおらず、ケータイは通話中心の使い方でした。
 そのような中、アメリカではブラックベリー(Black Berry)というスマートフォンがありました。これはビジネスマン中心に使用されていたものでした。
 ブラックベリーは、今のスマートフォンの原型のようなものです。私が見せてもらったのは黒色のもので、上3分の2ぐらいが画面で、下3分の1ぐらいにアルファベットのキーボードがついていたと記憶しています。
 いまのスマートフォンは全体が画面で、文字を入力するシーンのときに下の方にキーボードが出てくるというものですが、ブラックベリーはキーボードそのものがついていました。キーボードはパソコンと同様、アルファベットが並んでいるものでした。
 Webで画像検索すれば、いくつか出てくるのでご覧いただければよいかと思います。
 このブラックベリーであれば、通話はもちろん、メール送受信やWeb閲覧もできました。

 ちなみに、ブラックベリーをコトバンクのASCII.jpデジタル用語辞典でみてみると、以下のように記載されています。
 
「カナダのリサーチ・イン・モーション社が開発したスマートフォン。キーボードを搭載し、電子メール、Web閲覧、スケジュールやアドレス帳の管理、通話、インスタントメッセージ、オフィス文書の閲覧などが可能。会社メールを暗号化して安全に転送できることと、メールを即時着信するプッシュ型の電子メールを採用し、すぐに連絡が取れることから、ビジネス用のメール端末として人気が高い。日本では、NTTドコモが販売している。」

 上記のように、私はアメリカに行ったとき、初めてブラックベリーを見ましたが、日本ではiモードが浸透していたため、正直なところ、私自身はものすごく画期的な製品には見えませんでした。聞く限り、機能的にはそれほど変わらないと思ったからです。もちろん、アメリカ居住者ではないため、ブラックベリーを使ったことはなく、使っている人からの話と外観だけの判断ではありますが。
 しかし、私の印象とは裏腹に、アメリカやヨーロッパではブラックベリーの人気は高かったようで、市場シェアも高まっていったそうです。
 
3.平成を振り返って
 しかしながら、iモードもブラックベリーも当時の勢いは続かず、いまでは完全な下火となってしまいました。
 原因は、アップルのiPhoneとグーグルのAndroidがスマートフォン市場で圧倒的なシェアをとったからです。
 私が初めてアメリカに行ったのが平成19年(2007年)12月でしたが、ウィキペディアを見てみると、iPhoneは2007年1月に、Androidは2008年にそれぞれ発売されたということです。従って、私がブラックベリーを知った時期は、ブラックベリーの終わりの始まりだったといえそうです。
 このときから約10年で市場は一変しました。今の若い人はiモードといっても知らない人が多いと思います。私も、10年の間にこれほど激変するとは予測しませんでした。
 当時、日本のケータイのほうがアメリカよりも進んでいたはずなのですが、今では見る影もありません。
 アメリカは平成とは無関係ですが、それでも平成を振り返ってみると、強烈な印象として残っているのが、この携帯電話、スマートフォンのイノベーションです。
 「時代は繰り返す」とはいいますが、このイノベーションの歴史をリアルに知っているがゆえに、次の10年後、いや5年後や3年後かもしれませんが、また人間の生活をドラスティックに一変させるイノベーションが出てくるのだろうと思っています。
 未来を予測するのはなかなか難しいですが、少なくとも現在の技術は、今後間違いなく古いものになるということは間違いありません。そのため、現状に満足していると時代に取り残されます。
 従って、常に、いま起こっていることは古いものなんだ、という認識を持つことが大事だと思っています。

2019年2月18日月曜日

日本発のイノベーションがなかなか出てこない理由

1.はじめに
 いま、NHKの朝の連続テレビ小説では「まんぷく」が放映されています。
 「まんぷく」は日本のイノベーションの一つでもある「インスタントラーメン」が生まれた物語を描いています。
 この「インスタントラーメン」とは安藤百福氏が発明した「チキンラーメン」です。
 「まんぷく」でも描かれていますが、研究室という名の小屋で、小麦粉に味付けや添加物を入れて麺にし、お湯でもどすという実験を試行錯誤しながら何度も繰り返します。ついに、ある日、天ぷらをヒントに、麺を油であげるという製法を開発します。これにより、油であげた麺にお湯をかければ2分で食べることができるという世界初のインスタントラーメンが生まれました。
 上記のように、このインスタントラーメンは日本が誇るイノベーションの一つです。
 
2.日本のイノベーションは少ないのか
 今日のタイトルは「日本発のイノベーションがなかなか出てこない理由」としましたが、では、日本からはイノベーションが本当に少ないのかというと、必ずしもそんなことはないと思います。
 昨年9月に日本公認会計士協会京滋会の研修旅行で、イノベーションを生み出す思考法の一つと言われるデザインシンキング(Design Thinking)の体験学習のため、アメリカ・カリフォルニア州のMenlo Collegeを訪れましたが、このとき担当されたBruce Paton教授は「日本はイノベーションがなかなか出てこないというが、かつて日本ではいろいろなイノベーションがあり、アメリカ人も日本のイノベーションを学んでいた。」という説明がありました。
 ちなみに、そのときに配られたレジュメでは、「ウォークマン」「新幹線」「マリオブラザーズ」「ピカチュウ」の写真が掲載されていました。
 実際に、かつての日本には日本発のイノベーションによる製品はいろいろなものがありました。
 自動改札機もそうですし、LEDもそうです。
 とはいえ、日本で開発されたものもガラパゴス化して世界には普及しないなど、世界に普及したイノベーションがあまり多くないのは事実かもしれません。

3.権威主義がイノベーションを阻害する
 LEDは東北大学名誉教授の故西澤潤一教授が開発したものですが、西澤教授は、その他にもPINダイオードや光ファイバーなど数々の発明を行います。
 しかしながら、その人生は苦闘の連続だったといいます。
 なぜかというと、西澤教授が発明した独創的な技術が日本ではなかなか認められなかったからです。
 PINダイオードを発明し、学会で発表したとき学会は「米国の誰も、そんなことはいっていないのだから、お前のいうようなことはあるはずはない。実験が間違っているのだろう」(「異才時代」竹村健一著(学研)P136より)という冷たい反応だったそうです。
 しかし、その後、アメリカで西澤教授と同じ内容の論文が次々と発表されると、あわてて日本のメーカーが米国のメーカーの特許を導入しようとしたそうです。
 この竹村健一氏の本では「こうしたいきさつは日本人がいかに「権威」に弱く、創造力を認めていく風土に欠けているかをよく示している。」と記載されていますが、確かに理科系の分野ではヒエラルキーが存在していて、下位の者が上位の者を追い抜こうとすることを認めない傾向があります。
 また、西澤教授がある実験で定説と異なる結果が得られたとき、所員に新しい理論としてまとめるよう指示したとき、その所員は「本にはこのように書いてあります。だから、この実験は間違いではないか」(同著P138より)と言ったそうです。
 これも権威主義の弊害といえます。「本に書いてあるから」としてしまっては、それ以上の発展は望めません。本の内容を信じてしまっていることが問題と言えます。もしかしたら本の内容が間違っているかもしれません。本に書かれたことはあくまで過去の情報です。過去情報なのですから、それに依存してしまっては未来情報は開拓できないといえるでしょう。
 この点で、デザインシンキングではニーズを探るとき、アンケートやインタビューは行わないそうです。なぜかというと、アンケートやインタビューから得られた回答は「常識的」な回答しか得られないからです。つまり大多数の人間が考えていることは過去情報といえます。過去情報から全く新しい未来情報は生まれにくいのです。
 そこで、デザインシンキングでは「観察」を重視します。人間の行動を観察して潜在的ニーズを発見するというわけです。なぜかというと、人間の行動が人間の欲求を表しているからです。
 このように、イノベーションを起こすには、権威主義からの脱却がひとつのカギになると思います。