2017年10月30日月曜日

医療法人が借入を行うときの留意点

 医療法においても、機関運営に関する規定が整備され、一般社団法人や一般財団法人の規定とほぼ同様の規定となりました。
 今回は、医療法人における借入についての留意点を記載します。この点は、一般社団法人や一般財団法人(公益認定を受けた公益社団法人、公益財団法人を含む)や社会福祉法人においても同様の留意点です。なお、社団である医療法人を前提に記載します。

1.医療法人と借入金
 医療法人においては、医療設備などの投資のためにWAM(独立行政法人福祉医療機構)や金融機関からの融資を受けている法人は多数となっています。
 特に、近年は、病院の耐震問題が非常に大きくなってきています。建築物の耐震改修の促進に関する法律等の改正により、病院等は耐震診断を行い、その結果を報告することが義務付けられました。これに伴い、病院は耐震基準を備えた病棟を建設しなければならない方向に向かっています。
 しかしながら、現在の病院の敷地内に新しい病院を建設する広さの土地を保有している病院は少なく、新たに用地を探して移転するという病院は増加しています。しかしながら、耐震のためといっても土地の購入については補助金は出ませんので、病院は土地の購入資金を調達するために借入を行わざるを得ません。余談ですが、株式会社日本M&Aセンターによると、特に東京や大阪といった大都市圏において、用地買収がうまく行かず、廃業となるケースが増えているということです。
 また、さらに購入した土地の上に新しい病棟を建設しますから、その建設資金も必要です。この建設資金も借入によって調達することになります。
 このように、病院経営においては必然的に多額の借入を行うことになります。
 
2.理事会決議の必要性
 それでは、WAMや金融機関から融資を受けるときは、理事の業務執行の一環として理事が単独で行うことができるのかというと、必ずしもそうではありません。
 実は、医療法人においては、医療法(以下「法」)46条の7③において、理事会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を理事に委任することができない。」として、第2項で「多額の借財」をあげています。
 すなわち、多額の借財を行うときは、理事会の決議が必要であるということです。

 この趣旨は以下の通りです。本来は、借入行為も理事の業務執行の一つであるため、理事長など業務執行権のある理事が単独で行うことができるはずなのですが、多額の借財の場合、場合によっては資金繰りが行き詰まり、法人の経営が行き詰まるリスクがあります。そのため、理事長などが独断で行ってしまうと、法人運営に深刻な影響を及ぼすおそれがあることから、理事会によって慎重に判断することを求めているためです。

3.「多額の借財」とは?
 ここで「多額の借財」の意義が問題となります。「多額」とはどのぐらいの金額をいうのでしょうか。実は、法令にはその規定はありません。
 そこで、会社法における判例が参考となります。
 東京地裁平成9年3月17日の判決によれば、多額の借財に該当するかどうかについては「当該借財の額、その会社の総資産及び経常利益等に占める割合、当該借財の目的及び会社における従来の取扱い等の事業を総合的に考慮して判断されるべきである」としています。
 従って、多額の借財といった場合、絶対的な金額基準があるのではなく、種々の要素を総合的に考えていくことになります。というのは、同じ10億円の借入といっても、純資産が1億円しかない法人と1,000億円の法人とでは、インパクトが全く異なるからです。

4.判断基準の策定
 このように、多額の借財については、理事会決議が必要ですが、上記東京地裁の判決を参考にして、理事会決議が必要となる判断基準を策定する必要があります。
 私見ですが、東京地裁の判決では総資産があげられていますが、総資産に占める割合で基準を作ってしまうと、問題があると考えています。というのは、総資産が多額になってくると、後の方に借入れる借入金の総資産に占める割合が小さくなってしまうため、借り入れが増えているにも関わらず、借入のハードルが低くなってしまい、借入が加速するおそれがあるためです。

 例えば、仮に、多額の借財の基準を総資産の1%に設定したとします。このもとで総資産80億円の法人が1億円の借入を行おうとします。80億円✕1%=0.8億円ですから、この1億円の借入は多額の借財となります。
 次に、この法人が20億円を借入れるとします。借入以外何も起こらなかったと仮定すると、総資産は81億円です。この20億円も81億円✕1%=0.81億円を超えていますから多額の借財です。これで総資産は101億円となります。
 さらに、この法人が1億円を借り入れようとします。そうなると、総資産が101億円ですから101億円✕1%=1.01億円となります。となると、この1億円は多額の借財ではなくなってしまいます。
 以上は、極端に単純な仮定を設けた例ですが、このように借入が増えているにも関わらず、借入金の総資産に締める割合が相対的に下がってしまうと、理事会決議が不要ということにもなってしまう恐れはあります。
 
 そこで、これを防ぐためには、例えば、純資産の額に対する割合で基準を決定するというのも一つの手段です。純資産の額はそれほど大きく変動はしないからです。
 もちろん、その他の指標でも問題はないですし、東京地裁の判決にあるように、借入の目的なども総合的に考慮していくことが重要です。

 そして、このようにして策定した判断基準は理事会運営規程などに明記しておく必要があります。

5.理事会決議のタイミング
 最後に、多額の借財の決定を行う理事会のタイミングですが、借入を行うごとに理事会を開催すると、機動性に欠けてしまい、法人の運営に支障が出ます。そこで、3月決算の法人であれば、3月あたりの次年度予算を決議する理事会で、次年度の借入計画を示し、そこで決議を行えばよいと思います。そうすれば、1回の理事会ですむからです。
 当然のことながら、いきあたりばったりの借入ではなく、年間予算をしっかりと立てて計画的に借入と返済を行っていくことが必要です。

2017年10月22日日曜日

事務局長や施設長などの選任及び解任

 多くの公益法人では、名称は多少異なりますが「事務局長」という地位の職員が存在します。また、社会福祉法人では、同じく「事務局長」のほか、「施設長」という地位の職員が存在します。
 今回は、このようなポストに就任されている職員の選任及び解任に係る留意点について記載します。
 なお、本稿は私見であることにご留意ください。

1.「重要な使用人」又は「重要な役割を担う職員」
 まず、公益法人においては、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第90条④柱書において理事会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を理事に委任することができない。」として、第3号で重要な使用人の選任及び解任」を掲げています。
 また、社会福祉法人においても、社会福祉法第45条の13④柱書において理事会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を理事に委任することができない。」として、第3号で重要な役割を担う職員の選任及び解任」を掲げています。
 これは、このような重要な使用人や重要な役割を担う職員は、法人の業務運営において非常に重要な役割を果たしているため、理事の独断で選任したり、あるいは解任してしまうと、法人運営に深刻な影響を及ぼすおそれがあることから、理事会の決議により慎重な判断を行わせるためです。

2.「重要な使用人」又は「重要な役割を担う職員」とは?
(1)法令上の規定は? 
 それでは、「重要な使用人」及び「重要な役割を担う職員」とは具体的にはどのような人を指すのかというと、法令上には規定はありません。
 そうなると、法人の規模、組織形態、組織階層、権限などを総合的に勘案して判断せざるを得ないと考えられますすなわち、その法人の状況にあわせて決定する必要があるということです。
 以下、具体例を見ていきます。

(2)「事務局長」
 一般的に考えると、「事務局長」は、実質的に法人の実務の運営のトップであることが通常ですから、「重要な使用人」又は「重要な役割を担う職員」に該当すると考えられます。他の名称では「事務長」、「法人本部長」といった肩書も見られますが、法人運営の責任者である常勤職員が該当すると考えられます。これは組織図を見れば、おおよそ判断がつくと思われます。

(3)「施設長」、「院長」、「館長」
 社会福祉法人における「施設長」も「重要な役割を担う職員」に該当すると考えられます。施設長は、各施設の管理運営を担っており、その最高責任者ですから重要性はあると考えられます。
 他にも、病院運営を行っている法人では「院長」、児童館運営を行っている法人では「館長」といった地位の人がいますが、「院長」、「館長」も該当すると考えられます。

(4)「管理部長」、「経理部長」、「営業部長」
 管理部長、経理部長、営業部長といったところはどうでしょう。
 株式会社でも「支配人その他の重要な使用人」の選任及び解任は取締役会での決議事項であり、IRを見ていても、このような部長については重要な使用人としている会社が多いようです。
 実質的に判断することが重要なので、このような部長の職務権限や実際の実務状況などを勘案する必要があります。逆に、「部長」という肩書がついていても、大きな責任や権限がない「名ばかり部長」であれば、重要な使用人や重要な役割を担う職員とはいえないでしょう。

(5)参与、顧問、相談役
 「参与」という肩書も時々見られます。もちろん、上述のようにその職務内容や職務権限などを総合的に勘案して判断する必要があります。
 また、よく見られるのは役所の人が、春の人事異動で「参与」、「顧問」、「相談役」といった肩書で入社し、その後、6月頃に理事や事務局長などに就任するケースです。この場合は、理事や事務局長に就任することを含んでの入社なので、重要性はあるとみてよいのではないでしょうか。

3.構築すべき内部統制
 以上のように、「重要な使用人」又は「重要な役割を担う職員」については、肩書のみでは簡単に判断できないため、実質的に判断する必要があるのですが、その都度、重要性を判断していては恣意的な選任・解任になる恐れがあります。
 そこで、このような「重要な使用人」又は「重要な役割を担う職員」の具体的な内容については、法人の規程に記載しておく必要があるといえます。例えば、理事会運営規程の中で定めておくというのも一つの手段であると考えられます。
 この際、組織での位置づけ(組織図は参考になると思われます)や職務権限規程の内容、法人の規模、実際の実務状況などを総合的に勘案する必要があります。
 また、「重要な使用人」又は「重要な役割を担う職員」の対象となった職員に対してはその旨を本人に伝えて、自身のポストの重要性を認識して頂く必要があります。

2017年10月15日日曜日

確認(2)~確認差異について

 残高確認を行うと、被監査会社が認識している金額とは異なる金額が相手先から回答されてくるときがあります。
 このように、「確認依頼した情報や企業の記録に含まれる情報と確認回答者の提供した情報との間にある差異」を確認差異といいます(監査基準委員会報告書(以下「監基報」)505 5(5))
 一般に、確認差異が生じたときは虚偽表示の兆候を示している可能性があるので、差異内容を分析する必要があります(監基報505 13、A21)。しかしながら、全ての確認差異が必ずしも虚偽表示を示しているとは限りません(監基報505 A22)。
 そこで、今回は、虚偽表示を示しているものではない確認差異の一例について記載します。

1.収益と費用の認識のタイミングの違いによるもの
 よく見られるのは、収益と費用の認識のタイミングの違いによるものです。
 これは、収益の認識基準と費用の認識基準によって、収益と費用の計上時期が異なるためです。
 具体例をあげると、被監査会社が収益の認識基準について出荷基準を適用しているが、取引先は費用の認識基準として納品基準を適用しているような場合です。
 例えば3月決算の被監査会社が3月31日に商品を出荷したとします。そうなると、被監査会社では出荷基準ですから、出荷の事実に基づき3月31日に収益計上を行います。
 仕訳は、以下のとおりです。
(借方)売掛金 ・・・ (貸方)売上 ・・・

 しかしながら、取引先は仕入の認識については納品基準、すなわち、納品の事実に基づいて費用計上します。より具体的には、納品日に仕入計上を行うということです。
 通常は3月31日に出荷した商品が届くのは、翌日の4月1日や、翌々日の4月2日といった時期になります。そのため、相手先では、例えば4月1日に商品が納品されたら、4月1日に仕入計上を行います。
 仕訳は以下のとおりです。
(借方)仕入 ・・・ (貸方)買掛金 ・・・

 確認を行うときは、確認基準日を設定します。この場合は被監査会社が3月決算ですから、基準日を平成✕年3月31日とします。すなわち、平成✕年3月31日時点の売掛金の実在性などについて相手に照会を行うわけです。
 そうなると、上記の通り、3月31日時点では、被監査会社では売掛金を計上していますが、取引先ではこの取引にかかる買掛金は計上していません。なぜならば、3月31日時点では商品は納品されていないからです。

 このように、収益と費用の認識のタイミングの違いによって、確認差異が生じることがあります。
 
 ちなみに、親子会社間でこのような差異が生じたときは未達取引として処理し、債権債務の残高をあわせます。
 余談ですが、日々販売と仕入を行っている親子会社の間で、債権と債務の残高が一致していたら逆に怪しいです。

2.当座預金
 未取立小切手未呈示小切手がある場合は、被監査会社の当座残高と金融機関が回答する残高に差異が生じるときがあります。
 未取立小切手の場合は、被監査会社が受け取った小切手を金融機関が取り立てを行っていない状態なので、金融機関の当座残高のほうが少なくなります。
 一方、未呈示小切手の場合は、被監査会社が小切手を振り出したものの、取引先が自社の金融機関に小切手を提示していない状態なので、金融機関の残高のほうが多くなります。
 なお、「預金に関する内部統制」で記載したように、銀行残高調整表を作成して差異原因を把握しておく必要があります。 

3.消費税等の端数
 消費税等の計算における端数処理に係る差異が生じている時もあります。
 課税仕入に係る消費税を計算するときは、支払対価の合計額に108分の6.3を乗じますが、このときに生じた端数は切り捨てます。(なお、実務上は地方消費税をあわせて計算されますが。)
 しかしながら、相手方がこの消費税の計算を行うときに、端数切り捨てではなく、四捨五入をしていたり、切り上げ計算をしていたりすると、1円の差異が生じるときがあります。
 結論としては、相手方の計算誤りですが、このような確認差異が生じる時もあります。

4.投資有価証券
 投資有価証券について残高確認を行うこともあります。金額のほか、株式数などを回答していただきます。
 関係会社以外の株式会社が発行した株式を引き受けると、通常、投資有価証券として計上しますが、この投資有価証券を時価評価していたり、減損を行っていたりすると、引受時の金額とは異なってきます。そうなると、確認差異が生じます。

 以上、虚偽表示を示しているものではない確認差異について、よくある例を4点あげてみました。
 他にも、このような確認差異はあります。契約内容や取引条件はいろいろなものがあります。そうなると、確認差異が発生することも多くなります。
 例えば、商品の仕入に係る運送費はこちら持ちの後払い(運送費は取引先とは別の運送会社に係るものだが、代金は一旦取引先に支払う)という場合、被監査会社は運送費を含めた金額を買掛金計上しているものの、相手先にとっては運送費分については自社の売上債権ではありませんから、売掛金には計上されないはずです。そうなると、運送費相当額の金額の確認差異が生じる可能性があります。
 このように、確認差異の発生原因は定型的なものではありませんから、監査人は被監査会社による差異原因の回答を検討するときは、契約内容や取引条件を十分に把握する必要があります。

2017年10月9日月曜日

満期保有目的の債券(2)~減損のケース

 満期保有目的の債券は、原則として取得原価をもって貸借対照表価額としますが、債券を債券金額より低い価額又は高い価額で取得した場合において、取得価額と債券金額との差額の性格が金利の調整と認められるときは、償却原価法に基づいて算定された価額をもって貸借対照表価額としなければなりません(金融商品会計基準(以下「基準」)16)。
 保有している債券の発行会社が安定していれば問題はありませんが、債券発行会社によっては異常事態が発生することもあります。実際に債券のデフォルトは発生しています。
 今回は、満期保有目的の債券について減損を行うケースと減損を行った後の会計処理について記載します。

1.償却原価法を適用する理由
 債券にも時価のあるものと時価がないものがあります。時価を把握できるのであれば、債券であっても通常は時価評価を行いますが、満期保有目的の債権については償却原価法を適用します。
 その理由は、時価が算定できるものであっても、満期保有目的の債券は、満期まで保有することによる約定利息及び元本の受取りを目的としており、満期までの間の金利変動による価格変動のリスクを認める必要がないためです(基準71)。

2.減損を行うケース
(1)時価がある場合
 満期保有目的の債券について時価があるものについては、時価が著しく下落したときは、回復する見込があると認められる場合を除き、時価をもって貸借対照表価額とします。(基準20)。
 ここで「著しく下落した」という要件ですが、個々の銘柄の有価証券の時価が取得原価に比べて50%程度以上下落した場合は「著しい下落」に相当するとされています(実務指針91)。
 この場合は、合理的な反証がない限り、 時価が取得原価まで回復する見込みがあるとは認められないため、減損処理を行わなければなりません(実務指針91)。

 30%以上50%未満の下落率の場合、状況に応じ、個々の企業において時価が「著しく下落した」と判断するための合理的な基準を設け、当該基準に基づき回復可能性の判定の対象とするかどうかを判断する、とされていますので、経理マニュアル等において具体的な基準を定めておく必要があります(実務指針91)。

 この回復可能性について、実務指針91では「債券の場合は、単に一般市場金利の大幅な上昇によって時価が著しく下落した場合であっても、いずれ時価の下落が解消すると見込まれるときは、回復する可能性があるものと認められるが、格付の著しい低下があった場合や、債券の発行会社が債務超過連続して赤字決算の状態にある場合など、信用リスクの増大に起因して時価が著しく下落した場合には、通常は回復する見込みがあるとは認められない。」としています。

 そのため、特に30%以上50%未満の下落率の場合は、「時価の著しい下落」の判定について具体的な判断基準を設け、「回復可能性」の判定にも具体的な基準も設けておく必要があります。このあたりは保有する有価証券に係る内部統制です。ポイントは恣意的な判断を行わせないようにする点です。具体的な基準がないと、都合のよい方に判断し、本来減損すべきところを減損しないという虚偽表示が発生する恐れがあります。

(2)時価がない場合
 時価を把握することが極めて困難と認められる(市場価格がなく、かつ、時価を合理的に算定できない)債券の貸借対照表価額は、債権の貸借対照表価額に準ずるとされていることから(基準19(1))、このような債券については、償却原価法を適用した上で、債権の貸倒見積高の算定方法に準じて信用リスクに応じた償還不能見積高を算定し、会計処理を行います。なお、償還不能見積高の算定は、原則として、個別の債券ごとに 行うものとするとされています(金融商品会計に関する実務指針(以下「実務指針」)93)。

3.減損を行った場合
 満期保有目的の債権についても、このように減損の要件を満たした場合は減損を行う必要があります。
 そこで、満期保有目的の債券について減損を行った場合、その後の会計処理がどうなるのかという点ですが、この場合は、その後は償却原価法の適用は行いません。
 その理由は、減損を行った場合、その債券については取得価額と減損後の債券金額との差額は金利の調整差額ではないからです(金融商品会計に関するQ&A 25)。

4.最後に
 株式会社の他、公益法人や社会福祉法人においても満期保有目的の債券を保有している法人はよく見られます。多くの法人は国債や地方債といった安全性の高い債券に投資していますが、法人によっては国債や地方債よりもリスクの高い債券に投資しているケースもあります。そのため、法人の有価証券規程や経理マニュアルにおいて減損会計の適用の要否を判定する具体的な基準を設けているかどうかを確認する必要があります。

2017年10月1日日曜日

社会福祉法人における利益相反取引の留意点

 社会福祉法においても、利益相反取引についての整備が行われました(社会福祉法(以下「法」と称す)45条の16④、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法」と称す)84条1項二~三)。公益法人の法令が準用されていることからもわかるように、すでに公益法人においても会社法と同様、利益相反取引の規制が設けられています。
 今回は利益相反取引についての留意点を記載します。

1.利益相反取引の意義
 利益相反取引とは、法人と理事との間で利益が相反することとなる取引をいいます。例えば、法人が、ある理事からモノを買うという場合です。法人からは理事にお金を払うので、法人にとっては財産が流出しますが、理事にとっては財産が流入します。このように一方にとっては利益になるものの、一方にとっては利益とならないような取引が利益相反取引です。

2.利益相反取引の例
 1.では法人が理事からモノを買うという例をあげましたが、よく見られるのは、理事が代表取締役をつとめる株式会社と法人との取引です。モノを購入する場合もあれば、サービスの提供の場合もあります。
 もちろん、理事長が代表取締役をつとめる株式会社と法人の取引も利益相反取引の対象です。
 なお、参考ですが、条文では「自己又は第三者のために」とされていますが、この点につき大阪高裁平成2年7月18日の判決では「取締役が実質上支配する場合を含めて規制が及ぶ」としています。他の株式会社の代表取締役でなくとも、過半数を保有する株主であったり、過半数まで保有してなくともその会社を実質的に支配している場合も含むという事例です。

3.利益相反取引を行う場合の手続き
(1)理事会での承認
 このような利益相反取引を行う場合は、理事会で該当する取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません(法45条の16④、一般法84条①柱書)。
 開示すべき重要な事実については、法令には具体的な記載はありませんが一般的に、取引の内容、取引理由、取引先名、取引予定日、金額の総額、個数、単価、支払予定日といったところでしょうか。
 このうち、「単価」と記載した理由は、通常の取引価額と大きな乖離がないことを示すためです。例えば、ある理事が代表取締役をつとめる文房具の小売会社からラインマーカーを1本1万円で購入するとなると、明らかに不合理です。総額しか記載していないと、このような通常の取引価額との比較ができなくなり、不明瞭な取引が行われる恐れがあります。
 なお、この承認は事後承認でもよいという東京高裁の判決(昭和34年3月30日)がありますが、私見では、事前の承認が望ましいといえます。

(2)当該理事は決議に参加できない
 この理事会では、当該理事は特別の利害関係を有するため、理事会の決議には加わることはできません第45条の14⑤)。理事は、社会福祉法人のため忠実にその職務を行わなければならないとされていますが(法45条の16①)、このような利益相反取引を行う理事は、法人のために決議を行うことは期待できないからです。
 実務上は、このような理事はいったん退出していただいて決議を行うことがよく見られます。
 なお、特別の利害関係を有する理事がいるときは議事録に当該理事の氏名を記載する必要があります(社会福祉法施行規則2条の17③四)。

(3)事後報告
 利益相反取引を行った理事は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を理事会に報告しなければなりません(法45条の15④、一般法92条②)。
 これは理事会の承認の有無にかかわらず、報告する必要があります。

4.損害賠償責任
 理事、監事若しくは会計監査人(以下この款において「役員等」という。)又は評議員は、その任務を怠つたときは、社会福祉法人に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負うとされています(法45条の20①)。
 これは利益相反取引の場合、理事会の承認があったかどうかを問いません。すなわち、理事会の承認があった場合でも、任務懈怠により法人に損害が生じた場合は、損害賠償責任を負うということです。

 次に任務懈怠があったことが要件となりますが、法は以下の理事について任務懈怠があったと推定するとしています(法45条の20③)。
(イ)利益相反取引を行った理事
(ロ)社会福祉法人が当該取引をすることを決定した理事
(ハ)当該取引に関する理事会の承認の決議に賛成した理事

「推定」規定なので、反証があれば免責されます。
 ただし、自己のためにした取引を行った理事については、任務を怠ったことが当該理事の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができないとされています。また、当該理事の責任については、責任の一部免除や責任限定契約などについても適用されません(法45条の20④、一般法116条)。

 このように、理事の責任が重くなっているのは、利益相反取引は法人に損害を与えるリスクが高いため、法はより慎重に手続きを行うことを求めているためといえます。
 従って、利益相反取引の可能性がある取引については直ちに判別できる内部統制を構築することが必要です。また、私見ですが、利益相反取引は極力行わないことがよいといえます。