医療法においても、機関運営に関する規定が整備され、一般社団法人や一般財団法人の規定とほぼ同様の規定となりました。
今回は、医療法人における借入についての留意点を記載します。この点は、一般社団法人や一般財団法人(公益認定を受けた公益社団法人、公益財団法人を含む)や社会福祉法人においても同様の留意点です。なお、社団である医療法人を前提に記載します。
1.医療法人と借入金
医療法人においては、医療設備などの投資のためにWAM(独立行政法人福祉医療機構)や金融機関からの融資を受けている法人は多数となっています。
特に、近年は、病院の耐震問題が非常に大きくなってきています。建築物の耐震改修の促進に関する法律等の改正により、病院等は耐震診断を行い、その結果を報告することが義務付けられました。これに伴い、病院は耐震基準を備えた病棟を建設しなければならない方向に向かっています。
しかしながら、現在の病院の敷地内に新しい病院を建設する広さの土地を保有している病院は少なく、新たに用地を探して移転するという病院は増加しています。しかしながら、耐震のためといっても土地の購入については補助金は出ませんので、病院は土地の購入資金を調達するために借入を行わざるを得ません。余談ですが、株式会社日本M&Aセンターによると、特に東京や大阪といった大都市圏において、用地買収がうまく行かず、廃業となるケースが増えているということです。
また、さらに購入した土地の上に新しい病棟を建設しますから、その建設資金も必要です。この建設資金も借入によって調達することになります。
このように、病院経営においては必然的に多額の借入を行うことになります。
2.理事会決議の必要性
それでは、WAMや金融機関から融資を受けるときは、理事の業務執行の一環として理事が単独で行うことができるのかというと、必ずしもそうではありません。
実は、医療法人においては、医療法(以下「法」)46条の7③において、「理事会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を理事に委任することができない。」として、第2項で「多額の借財」をあげています。
すなわち、多額の借財を行うときは、理事会の決議が必要であるということです。
この趣旨は以下の通りです。本来は、借入行為も理事の業務執行の一つであるため、理事長など業務執行権のある理事が単独で行うことができるはずなのですが、多額の借財の場合、場合によっては資金繰りが行き詰まり、法人の経営が行き詰まるリスクがあります。そのため、理事長などが独断で行ってしまうと、法人運営に深刻な影響を及ぼすおそれがあることから、理事会によって慎重に判断することを求めているためです。
3.「多額の借財」とは?
ここで「多額の借財」の意義が問題となります。「多額」とはどのぐらいの金額をいうのでしょうか。実は、法令にはその規定はありません。
そこで、会社法における判例が参考となります。
東京地裁平成9年3月17日の判決によれば、多額の借財に該当するかどうかについては「当該借財の額、その会社の総資産及び経常利益等に占める割合、当該借財の目的及び会社における従来の取扱い等の事業を総合的に考慮して判断されるべきである」としています。
従って、多額の借財といった場合、絶対的な金額基準があるのではなく、種々の要素を総合的に考えていくことになります。というのは、同じ10億円の借入といっても、純資産が1億円しかない法人と1,000億円の法人とでは、インパクトが全く異なるからです。
4.判断基準の策定
このように、多額の借財については、理事会決議が必要ですが、上記東京地裁の判決を参考にして、理事会決議が必要となる判断基準を策定する必要があります。
私見ですが、東京地裁の判決では総資産があげられていますが、総資産に占める割合で基準を作ってしまうと、問題があると考えています。というのは、総資産が多額になってくると、後の方に借入れる借入金の総資産に占める割合が小さくなってしまうため、借り入れが増えているにも関わらず、借入のハードルが低くなってしまい、借入が加速するおそれがあるためです。
例えば、仮に、多額の借財の基準を総資産の1%に設定したとします。このもとで総資産80億円の法人が1億円の借入を行おうとします。80億円✕1%=0.8億円ですから、この1億円の借入は多額の借財となります。
次に、この法人が20億円を借入れるとします。借入以外何も起こらなかったと仮定すると、総資産は81億円です。この20億円も81億円✕1%=0.81億円を超えていますから多額の借財です。これで総資産は101億円となります。
さらに、この法人が1億円を借り入れようとします。そうなると、総資産が101億円ですから101億円✕1%=1.01億円となります。となると、この1億円は多額の借財ではなくなってしまいます。
以上は、極端に単純な仮定を設けた例ですが、このように借入が増えているにも関わらず、借入金の総資産に締める割合が相対的に下がってしまうと、理事会決議が不要ということにもなってしまう恐れはあります。
そこで、これを防ぐためには、例えば、純資産の額に対する割合で基準を決定するというのも一つの手段です。純資産の額はそれほど大きく変動はしないからです。
もちろん、その他の指標でも問題はないですし、東京地裁の判決にあるように、借入の目的なども総合的に考慮していくことが重要です。
そして、このようにして策定した判断基準は理事会運営規程などに明記しておく必要があります。
5.理事会決議のタイミング
最後に、多額の借財の決定を行う理事会のタイミングですが、借入を行うごとに理事会を開催すると、機動性に欠けてしまい、法人の運営に支障が出ます。そこで、3月決算の法人であれば、3月あたりの次年度予算を決議する理事会で、次年度の借入計画を示し、そこで決議を行えばよいと思います。そうすれば、1回の理事会ですむからです。
当然のことながら、いきあたりばったりの借入ではなく、年間予算をしっかりと立てて計画的に借入と返済を行っていくことが必要です。
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