2019年7月27日土曜日

契約書に係る監査上の論点~吉本興業の「契約書なし」をみて

1.吉本興業の「契約書なし」問題
 吉本興業の、いわゆる闇営業問題に関連して、吉本興業が所属タレントと契約書を作成していなかったという論点が出てきました。
 さらに、この「契約書なし」問題に関して公正取引委員会の山田昭典事務総長が「契約書面が存在しないということは、競争政策の観点から問題がある」と述べたというニュースも出てきました。(契約書なし「競争政策上、問題」=公取事務総長、吉本興業に懸念」(時事通信)「吉本興業の契約書なし、「問題がある」 公取委総長発言」(朝日新聞)
 私は、闇営業問題に関心はないのですが、この「契約書なし」問題を見て思い出したことがあったので、今回は、財務諸表監査における契約書にかかる論点を記載したいと思います。
 なお、本稿は私見であることにご留意ください。

2.「契約書なし」の会社
(1)契約書を作成する意義
 財務諸表監査を行うとき、内部統制のデザインの評価や運用評価、実証テストを行いますが、この過程で取引の契約についても、どのように行われているのかを見るために契約書の閲覧などを行います。
 当然のことながら、まずは取引の契約を締結した場合は契約書の作成が必要です。一応、民法上は口頭でも契約は成立するのですが、企業の内部統制上、契約書を作成することが必要です。そうしないと、金額や支払相手などが不明確になるため、例えば、架空取引や水増し請求による過大支払いなどが行われてしまい会社に損害が発生するリスクがあるからです。(「架空取引に係る内部統制」「経営者による内部統制の無効化とハコ企業」参照)

(2)地方でよく見られるケース
 上場会社では何らかの取引を行うときは、まず間違いなく契約書を交わしていますが、「経営者による内部統制の無効化とハコ企業」でも記載したように、資金繰りが逼迫した企業では内部統制の無視・無効化が横行し、契約書を取り交わさないで取引を行っていたケースも見られました。
 
 このように上場会社レベルでは「契約書なし」というのはイレギュラーなケースですが、非上場会社や非営利法人では「契約書なし」というケースが時々出てきます。特に、この「契約書なし」は地方でよく見られるという印象があります。
 何度か見たのは、地元の工務店と工事契約を締結するケースです。なぜかというと、地方では、地域の人は昔からの顔なじみで、お互いによく知っているため、わざわざ契約書を作成する必要はないという文化ができてしまっているからのようです。
 そのため、契約書を作成しなくても「まあ、別にいいじゃないか」というお互いの信頼関係で物事が進んでしまうというわけです。

 また、非上場会社あたりでは「収入印紙の節約をしたいから」という理由で契約書を作成しない会社も時々見られます。
 
 しかしながら、契約書を作成しないと上記のように、会社に損害が生じるリスクがあるので、契約書は作成する必要があります。

3.契約書の偽造
 立命館大学早稲田大学の教授や公認会計士・監査審査会会長を務められた千代田邦夫教授は、公認会計士資格も保有されており、旧二次試験合格後は会計士補として監査業務にも携われていました。
 その千代田教授の著作「監査論の基礎」(税務経理協会)の前書きの中に、契約書の偽造を発見したときの話が記載されています。
 千代田氏が会計士補として、ある会社の監査に行ったとき、売上の監査を行うために売買契約書の提示を求めたそうです。しかし、会社は何かと理由をつけて提示してこなかったため、おかしいなと思い何とか粘ったところ、やっと出てきたのは契約書のコピーだったそうです。そこで、千代田氏が閲覧したところ、おかしなところに気づいたといいます。何かというと、契約書のコピーは何通もあったようですが、収入印紙の消印の位置がどの契約書も同じだったのだそうです。ますます怪しいと思い、問い詰めると、ついに担当者が白状したそうです。会社が何をしたのかというと、セロファン紙の間に収入印紙を挟み込み、その上から割印を行い、これを偽造した契約書においてコピーをしたということです。
 
 なお、監査の現場では契約書類や証憑類は必ず原本を確認するようにしています。そうしないと、この話のように不正が行われても看過してしまう可能性があるからです。そのうえで監査調書にするためにコピーをとることになります。
 ちなみに、私の場合は「原本確認の上、森がコピー」と記載して原本を確認したことを記すようにしています。このようにすれば、会社がコピーしてきたものをそのまま受け取っていないということがわかるからです。
 
4.監査法人の「契約書なし」問題
 以上は、会社等と取引先との契約に関してでしたが、最後に監査法人と契約している公認会計士との契約について触れたいと思います。これは吉本興業とタレントとの契約と同じケースとなります。
 監査法人も契約している非常勤の公認会計士とは非常勤契約に係る契約書を作成する必要があります。もちろん、常勤の公認会計士とは雇用契約を締結していますから雇用契約書の作成が必要です。
 日本公認会計士協会は、監査法人に対して品質管理レビューを行っていますが、この品質管理レビューのときは、非常勤会計士と交わした契約書の有無は必ずチェックしています。そのため、通常の監査法人であれば、非常勤会計士との契約書は作成しています。
 監査法人だったら当然であろう、と思われるかもしれませんが、どうもこの業界では長い間、それこそ吉本興業のように契約書が作成されず、契約関係があいまいになっていた時期が続いていたようです。おそらく、もともと、この業界は徒弟制度が長く続いていたため、「何でそんなもの作らないといけないんだ」という感覚があったのだと思います。
 しかしながら、日本公認会計士協会による品質管理レビューで、非常勤会計士との契約書の有無はチェックするようになったため、品質管理レビューを受ける監査法人では契約書を作成するようになりました。

2019年7月14日日曜日

京都に進出する地方私鉄

1.静鉄が京都にホテルをオープン

先日、京都の西洞院通(にしのとういんどおり)を歩いていたら、西洞院通錦小路下ルに「静鉄ホテルプレジオ京都四条」というホテルが建設されていました。
 「静鉄」とは静岡鉄道の略称で、もちろん文字通り静岡の鉄道会社です。
 京都と静岡は距離も離れていますし、京都で静岡の会社といっても馴染みがないので、最初は「静岡の会社が何故京都に?」と思いました。
 
西洞院通から見た静鉄ホテルプレジオ四条京都の外観です。


2.シナジー効果 

しかし、考えてみると、静鉄が自社の観光会社で京都ツアーを組んで、静岡の人に京都旅行に行っていただき、さらに静鉄ホテルに宿泊していただくことで収益を得ようという戦略も考えられるので、それを考慮すると、静鉄が京都にホテルをオープンさせることは変わったことではないと思います。静鉄ホテルプレジオはビジネスホテルという位置づけですが、ビジネスホテルであっても観光旅行にも利用できます。また、静鉄グループ内には「静鉄観光サービス株式会社」という観光会社があります。

 それと、もう一つ考えられるのは、日本では少子高齢化で人口減少が進んでいるため、自社のテリトリー以外の地域に進出して、需要を取り込もうという戦略です。
 静鉄は静岡を地盤としていますが、少子高齢化が進む中、おそらく静岡県内の活動だけでは需要が頭打ちになってくると思います。しかし、いま、京都への観光旅行はとても人気がありますので、京都にホテルをオープンさせれば、静岡県以外の地域でも収益を上げることができます。
 これは全社戦略レベルにおいて、事業領域や事業ポートフォリオをどのようにしていくか、という話になってきます。

 鉄道会社の中には、このように自社系列のホテルや観光会社を経営している会社があります。これは、自社系列の観光会社を利用する消費者に、同時に自社系列のホテルも利用していただければ、収益の相乗効果が得られるからです。
 さらに、静岡県外の人が静鉄ホテルプレジオを利用した場合、宿泊時の案内や宿泊後の案内で静岡県への観光旅行を提案することで、静鉄ホテルプレジオを利用した静岡旅行に来て頂ける可能性もあります。そのようになれば、静鉄グループの収益増加に繋がります。
 このように、複数の事業等の組み合わせによる相乗効果をシナジー効果といいます。

3.相鉄フレッサイン

地方私鉄ではなく、今は首都圏の大手私鉄という位置づけですが相鉄も「相鉄フレッサイン」というビジネスホテルを京都に開業しています。
 相鉄相模鉄道の略称で、神奈川県を地盤とする私鉄です。私が物心ついたときは地方の準大手私鉄という位置づけでしたが、平成2年に首都圏の大手私鉄という格付けとなりました。
 ちなみに「相鉄」は「そうてつ」と読みます。京都では馴染みがない鉄道であるため、「相鉄」を読めない人は多いようです。
 
綾小路通烏丸西入にある相鉄フレッサイン。

 私が見たのは綾小路通烏丸西入ルにある相鉄フレッサインです。初めて見たのは3年ほど前です。綾小路通は四条通の一つ南の通りですが、綾小路通を歩いていたら、「相鉄」の文字が目に入ってきたため、「京都に相鉄?」と驚いた記憶があります。
 調べると、現在、相鉄グループ内には観光会社はないようです。かつて相鉄観光という観光会社があったということですが、現在は近畿日本ツーリスト神奈川となっているということです。
 従って、相鉄の場合は観光会社を使ったシナジー効果を目的としているのではなく、神奈川県以外の地域での収益増加を目的としたものといえそうです。なお、相鉄フレッサインは首都圏以外にも長野、大阪、兵庫、広島、さらには韓国にもホテルを開業しています。
 また、相鉄は5年前にホテルサンルートを買収し、ホテル事業に力を入れています。

4.まとめ

私鉄は、鉄道事業を行う地域が限られているため、鉄道事業に限っては収益の機会もその地域に限られます。特に、中小私鉄の場合は、せいぜい地盤は一つの府県にとどまります。
 しかしながら、鉄道会社は阪急から始まったといわれる多角化戦略をとる会社が多いので、このように自分のテリトリー以外の地域にホテルを開業することで、他地域で収益をあげて、グループの収益増加につなげることも可能です。
 特に、ホテルに関していえば、京都では、外国からの観光客の急増のため、今ホテルをオープンすれば、間違いなく儲かります。そのため、京都は異常とも思えるホテルの開業ラッシュです。
 静鉄や相鉄の京都でのホテル開業は、地方私鉄の一つのビジネスモデルとして参考になるかもしれません。 

2019年7月8日月曜日

「会計・監査ジャーナル」の電子版についての感想

1.はじめに
 近年のIT技術の進歩は著しいものがあります。電子書籍もその一つです。
 日本公認会計士協会も、数年前より機関紙である「会計・監査ジャーナル」について電子版も利用できるようにし、会員・準会員(日本公認会計士協会に登録をしている公認会計士や公認会計士試験合格者など)に電子版の利用を促しています。
 今回はこの電子書籍について思うことを述べたいと思います。

2.「会計・監査ジャーナル」の電子版
 日本公認会計士協会は、この「会計・監査ジャーナル」の電子版の機能向上を目的とした会員アンケートを行っていましたが、先日、そのアンケート結果が会員・準会員専用ページで公表されていました。
 会員・準会員専用なので、アンケート結果などその内容は記載することはできませんが、電子版を利用している会員・準会員(以下「会員等」)は徐々に増えてきているようです。
 しかしながら、使いやすさについては使いにくいと思っている会員等も結構いるようです。実は、正直申し上げて、私も「会計・監査ジャーナル」の電子版については使いにくいと思っている会員の一人です。
 それでは、なぜ私が使いにくいと思っているのか、電子書籍の種類に即して説明します。

3.Kindleの種類
(1)ハイライト機能などを使えるもの 
 私は、通常の電子書籍ではアマゾンのKindleを使用しています。
 このKindleによる電子書籍については、その方式について2種類あります。一つは、①「文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能」(アマゾンの説明書きより)を使用できるもの、もう一つは②これらの機能がついていないもの、です。
 どちらが使いやすいかというと、まちがいなく①のほうです。

 ①の様式は、テキストデータによるものなので、普段、Webで検索するように、その本の中のある用語を検索することができます。また、読んでいて意味がわからない用語や漢字が読めない場合についても、その用語をタップすると、辞書やウィキペディアの説明が示されます。
 ハイライト機能は、気になった用語や文章にマーカーを引くように色をつけることができるものです。ハイライトした用語や文章は、一覧で見ることができます。そのため、後で読んだところを思い出して探すときに便利です。
 ブックマーク機能というものもあります。これは、気になったページに付箋を貼るような機能です。これも、ブックマークしたページを一覧で見ることができます。

 基本的には、電子書籍を利用する場合は、この方式で販売されている書籍のほうがよいです。
 アマゾンの場合は、これらの機能を使用できない場合、「文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません」と記載されているので、この説明の有無を確かめる必要があります。

(2)ハイライト機能などが使えないもの
 これに対して、上記のように「文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用でき」ない電子書籍もあります。
 これは、イメージとしては、書面をスキャンしてPDF化したようなイメージです。
 PDFを利用される方はおわかりだと思いますが、このように書面をスキャンしてPDFにした場合、検索機能を使用できません。
 ハイライト機能などが使えないタイプはこれに似た電子書籍です。
 このタイプの場合、文章中心の書籍はとても使いにくいです。次に記載しますが、Kindleでこのタイプは、たいてい固定レイアウト型という、どの大きさの画面であってもページレイアウトが変わらないタイプです。
 このタイプは、どちらかというと写真や図が多く入った書籍によく見られます。このような書籍であれば、ハイライト機能などが使えない固定レイアウト型でも、使えることは使えます。私の場合、例えば「地球の歩き方」を電子書籍で購入しましたが、Kindleではハイライト機能などが使えない固定レイアウト型でした。しかしながら、「地球の歩き方」を現物で持つと荷物が多くなるし、重くなるので、電子書籍にしました。どちらかというとやむを得ないという気持ちが強かったです。

4.リフロー型と固定レイアウト型
 次に、リフロー型固定レイアウト型について記載します。
 リフロー型とは、文字の大きさや行数などによって、ページレイアウトが変わる電子書籍です。Kindleの場合、ハイライト機能などを使える電子書籍はこちらになります。
 一方、固定レイアウト型とは、上記のように、どの大きさの画面であってもページレイアウトが変わらない方式で、画面は拡大できますが、文字自体を大きくしたり、行数を変えることはできません。

5.「会計・監査ジャーナル」電子版の場合
 そこで本題ですが、会計・監査ジャーナルの電子版はKindleではなく、名称は伏せますが、別の電子書籍アプリを使用しています。
 このアプリにおいては、会計・監査ジャーナルは固定レイアウト型になっています。すなわち、文字自体を大きくしたり、行数を変えたりすることはできず、パソコンから見ても、iPadからみてもレイアウトは変わりません。
 一方で、検索機能やハイライト機能はついています。その他ペンによる書き込み機能もついています。
 しかしながら、Kindleのようにハイライトした用語や文章をあとで一覧で見ることはできません。また辞書機能もありません。
 それと、Kindleと比べると検索スピードが遅いです。テキストデータであれば、もっと早くなるのではないかと思います。
 
6.まとめ
 私個人の感想ですが、会計・監査ジャーナル電子版は、検索機能やハイライト機能などはついているものの、使いにくいという印象です。その原因は、会計・監査ジャーナル電子版が固定レイアウト型だからだと思います。
 確かに、雑誌については固定レイアウト型が向いているといわれていますが、会計・監査ジャーナルは後々においても仕事や勉強で使用するコンテンツが多いので、いろいろと事情があるのだとは思いますが、リフロー型によるテキストデータにして、Kindleのように、保存機能やメモ機能をつけた電子書籍化がよいのではないかと個人的には思います。