1.内部統制の限界
内部統制は、事業体にとって何らかの形で設けられているものですが、限界があります。すなわち、絶対的なものではないということです。
「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」Ⅰ 3で挙げられている限界は次の4つです。
(イ) 内部統制は、判断の誤り、不注意、複数の担当者による共謀によって有効に機能しなくなる場合がある。
(ロ) 内部統制は、当初想定していなかった組織内外の環境の変化や非定型的な取引等には、必ずしも対応しない場合がある。
(ハ) 内部統制の整備及び運用に際しては、費用と便益との比較衡量が求められる。
(ニ) 経営者が不当な目的の為に内部統制を無視ないし無効ならしめることがある。
なお、内部統制は①業務の有効性及び効率性、②財務報告の信頼性、③事業活動に関わる法令等の遵守、④資産の保全の4つの目的を達成するために設けられたものであり、財務報告の信頼性の確保のみを目的としたものではないことに留意する必要があります。
今回は(4)について、どのような状況で起こりやすいのか、そのためにどのように対処すればよいのかという点を、やや特殊なケースについて説明します。
2.経営者による内部統制の無効化が起こりやすい状況
(1)経営成績の悪化
どのような状況で起こりやすいのか、と記載しましたが、まず経営者による内部統制の無効化のリスクは常に存在します。そのことを前提として、財務報告に係る場合について、とりわけ起こりやすい状況となると、経営成績が悪化しているときです。このような状況下では、経営者による不正な財務報告のリスクが高まります。いわゆる粉飾決算です(監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」3)。
(2)資金繰りの悪化
もう一つ、経営者による内部統制の無効化が起こりやすい状況があります。それは資金繰りが悪化したときです。
資金繰りの悪化が起こると、ファイナンスについて経営者による内部統制の無効化が起こりやすくなります。
資金繰りが悪化しているときは、財政状態や経営成績が極度に悪化しているときです。この状況の下では、資金繰りが回らず、融資先への元本・利息の返済の遅延、取引先への支払いの遅延、テナント料の支払いの遅延、国税・地方税の納付の遅延などが発生し、ひいては、給与支払いの遅延が発生することもあります。
3.ファイナンスに係る内部統制の無効化
(1)時間との戦い
資金繰りが極度に悪化しているときは、企業は必死です。資金がショートすれば、会社が破綻するからです。このような状況では、時間との戦いがあります。内部統制で定められた手続を遵守すると、時間が間に合わなくなり資金調達ができなくなる恐れがあります。
そのため、経営者は内部統制で定められた手続を守らなくなり、経営者の内部統制の無効化が発生しやすくなります。
(2)資金繰り悪化の悪循環
ここで、資金繰りが悪化していく状況の一例を記載します。(上場企業を例とします。)
まず、資金繰りが悪化している企業は、財政状態や経営成績が極度に悪化している企業です。このような企業では、まず銀行などの金融機関が手を引いていきます。特に、継続企業の前提に関する注記が記載されると決定的です。まず、金融機関は新たに融資することはありません。
金融機関から融資が不可能となると、次に、企業はノンバンクから融資を行うようになります。金利は高いですが、何とか資金を確保する必要がありますので、やむを得ません。
しかし、ノンバンクへの返済も滞り、ノンバンクからの融資も行うことができなくなると、企業は窮地に追い込まれます。
信用不安が広がり、取引先からはキャッシュでの支払いを要求されたり、取引を打ち切られたりします。商業を営んでいる場合、仕入先との取引を打ち切られると、商品を仕入れることができません。そうなると、売るものがないので売上もあげられません。そのため、営業キャッシュ・フローがさらに悪化します。従って、ますます資金繰りが悪化します。
さらに、上記の通り、その間に、テナント料の支払いの遅延、国税・地方税の納付の遅延などが発生します。
税金を長期に渡って滞納すると、担保に取られた定期預金などを差し押さえることもあります。そうなると、定期預金を動かせなくなります。
上場企業の場合は、借入以外に新株発行という手段がありますが、実は、実務上のカベがあります。具体的には、このような状況では公募増資が非常に困難となるからです。なぜかというと、このように財政状態や経営成績が極度に悪化した企業の株価は非常に低いものとなっているからです。建前としては、株価がいくらであっても、公募増資によりファイナンスはできるはずなのですが、株価が極度に低い場合、通常、証券取引所が「証券市場の混乱を招く」という理由でGOサインを出しません。従って、公募増資によるファイナンスの道も絶たれることになります。
(3)事業会社からの借入
このような状況になると、コンサルタントやアレンジャーと称する人物が現れ、ファイナンスの「手助け」をしてきます。
エクイティファイナンスによる、いわゆる「不公正ファイナンス」を行うことが目的なのですが、まずは借入金による形で融資を行ってくることが多いと思います。なぜかというと、第三者割当による新株発行や新株予約権付社債の発行となると取締役会の決議が必要ですが(会社法199条②、201条①、362条④五など。)、取締役会を開催するとなると時間がかかります。
しかし、借入金であれば基本的に代表取締役単独でできます(多額の借財の場合は取締役会決議が必要(362条④二))。資金繰りが逼迫していますから、まず早く資金を得られる借入金で資金調達を行うというわけです。
実は、この段階で経営者の内部統制の無効化が発生することが多いです。
借入を行うときは、返済計画の作成や金銭消費貸借契約書の作成、法務部によるリーガルチェックなどを行いますが、事業会社からの借入のときには、このような手続を無視して借入を行ってしまうのです。金銭消費貸借契約書すら作成しないことも珍しくありません。相手がどのような会社で、どのような人物なのかもノーチェックです。なぜかというと、早く資金がほしいからです。
ここで借入を行って一時しのぎが行われた後、第三者割当増資、MSCB、DESといった形でファイナンスが行われます。取締役会の決議が必要ですが、実際に行っていないケースもあるかもしれません。
そして、新株を得て株主となった割当先の事業会社を通して役員が送り込まれます。役員が送り込まれると、内部から支配されます。
こうやって、上場企業がハコ企業となっていきます。
4.医療法人、社会福祉法人、公益法人も注意
以上は、上場企業がハコ化していくケースでしたが、医療法人、社会福祉法人、公益法人(とりわけ一般財団法人、公益財団法人)も注意する必要があります。なぜかというと、このような非営利法人は多くの法人で、内部統制が脆弱だからです。
これらの法人でも、乗っ取りの事例が見られます。きっかけとしては、やはり資金繰りが悪化したときが多いようです。資金繰りが悪化した法人にとっては救世主のように思えますから、自称コンサルタントなどの主導でファイナンスが行われ、さらに役員が送り込まれ、支配権が奪われて私物化されるという流れです。
このような、非営利法人の乗っ取りを防ぐためには、絶対的な方法はありませんが、以下の点に留意する必要があるでしょう。
上記のように、このような資金繰りが悪化したした時は、経営者による内部統制の無効化が極めて発生しやすくなります。
そこで対策としては、何といっても資金繰りを悪化させないことです。そのためには、財務会計面では、①月次決算を行う、②予算実績分析を必ず行う、③資金繰表を作成する、④中長期計画を作成する、などといった作業が必要です。
これらを支えるのは、このような作業を実際に行わせるようにするための社内制度、社内規程、評価制度といった会計面での内部統制です。前回の「予算統制と月次決算」で述べたように、行動の改善に落とし込む作業も必要です。すなわち、管理会計の実践も必要となります。
このように財務会計、管理会計の両方の側面により、資金繰りの管理を適切に行うことができれば、非営利法人の乗っ取りも一定のレベルで防止できるものと考えられます。
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